潮風スロットル
夏の陽ざしが届いたら
そろそろ起き上がろうかと思いながら、わたしはごろごろと寝ざめのぐうたらを満喫していた。
そこへ、ヒロがジャッと勢いよくカーテンを開けて、一気に夏の朝の光が部屋に流れ込んできた。
窓の外を5秒くらいじっと眺めると、にっと笑って振り返った。
「はるか、今日はいい風だよ」
わたしはがばっと起き上がって、窓のところまで行った。
うん、陽射しが元気だ。
こんな日は・・・。
目を見合わせる。
「行こうか!」
キッチンで並んで、ヒロがチキンを焼いている間、わたしはポップアップトースターに6枚切りの食パンを2枚セットして、キャベツを太目に刻み始める。
粒マスタードってあったっけ?
冷蔵庫を開けたり閉めたりしながら、そろわない鼻歌なんかもふたりで歌ったりしながら。
がっつりめにできあがったサンドイッチを、ペーパーで小器用にヒロが包んでいく。おしゃれカフェで出てきそうな風情。
「ほんとになんでもできるよね」
聞き返すようにこっちを振り向くヒロに、笑顔で首を振って、わたしはコーヒーをボトルに注ぐ。
洗いざらした帆布のバッグに、作ったばかりのお昼ごはんとボトルを2本放り込んで。

いそいそと着替えて、キーを手に取ると、久々のお出かけによろこんでいるみたいに、チャリっと小気味よい音をたてた。
ガソリンは入ってた?
寄ってからにしよう。
OK、じゃあ、行こうか。
わたしたちは、同時にバイクのエンジンをかけた。
至高のマシンと風を切って
ヒロが駆っているのは、VMAX。
武骨とだけ言うには、あまりにもスマートだとわたしは思っている。
YAMAHAが誇ったモンスター・マシン。
ロングツーリングを想定しているくせに、優雅に景色を見るだけにとどまらないスピード感。
あこがれのマシンだったけど、さすがにそこはわきまえている。
わたしの手に負えるわけがない。
ヒロの背中を追いながら、わたしはXJRの手綱を握る。
ひとめ惚れした美しい流線型のマシン、空冷最速のネイキッド。
もちろん、そんなスペックを満足させられるような走り方はできないけど。
右手首を軽く前にひねれば、気持ちよく吹けあがる音が耳に届いて、力強いトルク感がからだを包む。
ぎらぎらにはまだ遠い、絶妙な陽ざしの中で、潮の香りがだんだんと強くなる。
何をなぞったら、こんな美しくも心地よい曲線を描くのだろう。
白く立つ波がまるでソーダみたいに弾けていて、吸い込まれそうなくらいの青い海の水面で、きらきらときらきらと、合図しているみたいだった。

ヒロがときどき、左手を下ろしてひらひらと振って見せる。
「大丈夫だよ」
シールドの中でくぐもって聞こえない声も、ちゃんと届いている確信があった。
わたしは右手首をもうひとひねりして、お腹で風圧を受け止める。ヒロの背中に向かって走った。
誰もいない海で
ここは、海水浴のスポットではない、誰もいない海。
地図に載っていない、秘密の海だ。
うそだけど。
でも、人がほとんどいないっていうのは本当だ。
わざわざそういう海を選んで走ってきた。
もちろん、バイクで走ることが目的でもあったけど、今日の目的地は海一択だった。
「潮風はバイクとけんかしそうだけどね。」
笑いながら出発したのだった。
邪魔にならないところにバイクを停めて、テトラポットの上をわざわざ歩いて行く。
防波堤に適当にすわって、「ふぅ」とひと息はきだして、ぬるい潮の香りを吸い込んだ。
「今日、よかったね」
「風が申し分ない」
水平線の方を見たままで言った。
がさごそと、お手製サンドイッチを取り出して、熱いコーヒーをボトルからひと口。
暑いところで熱いコーヒー。これがいいのだ。
「あ・・・ちっ」
ヒロがうまく飲めなくて、まぬけな声を出していた。
「ふーふーしてあげればよかったね」
からかうように言うと、軽く額をこづかれた。
海風は、少し重たい。
湿り気を帯びて、髪を束たばにしてくるから困ったものだ。
鳥の巣みたいになってるよ。
ヒロが少し含み笑いをしながら、ゆっくり手ぐしを入れてくれる。
「ありがとう」
今あついのはコーヒーなのか、陽射しなのか、ちょっとわからなかった。
オレンジ色に染まっていく空気の中で
わたしたちは靴を放り出して、波打ち際をわざとばちゃばちゃと歩いた。
なぜだかわからないけど、そうやって歩くことがおかしくてたまらなくて、ふたりともひたすら笑ったままだった。
砂に足がうまりこんで、ぐらついたわたしを支えようと、ヒロがとっさに手を伸ばした。はずだったのに、そのままふたりして、盛大に尻もちをついてしまった。
今日のヒロはなんだかまぬけな気がする。
一瞬の空白をはさんで、また笑いが弾けた。

一度ぬれてしまえば、もうこわいものなんてない。
そのまま、ばしゃばしゃ、ざぶざぶと波とじゃれあうようにして、まだ少し冷たい水温を味わっていた。
笑いすぎて喉がひりひりしてしまいそうなくらい。
本当に今日の風はいい。
そよそよと、ほおを心地よくなでていく。

砂に指で落書きをしながら、わたしは今さらのようにつぶやいていた。
「わたしたち、ふたりともイニシャル”H”だったね。どうして今まで気づかなかったんだろう」
「本当だ。秘密の”H”だから、かもね」
「わ、つまんない」
「ひどいな、はるか」
わたしたちはまた、大きな声で笑った。
オレンジの空気の中で、きっと帰り道をそよぐ風も、最高に気持ちいいに違いなかった。
ED : Fiore/潮風スロットル ~Chasing the Wind~
潮風スロットル ~Chasing the Wind~ / Fiore
作曲:SUNO
作詞:はるかな
砂に足をつかまれて
きみの手が伸びる
ふたりが立てる水しぶき
潮が少し目にしみた
声をはずませながら
立てる水音が
どんなメロディよりも
ずっと残った
潮風の道を きみと ゆく
スロットルを開けて
Chasing the wind
海までの道を きみとゆく
吹け上がるエンジン
Chasing the wind
「今日の風は よさそう」と
きみが振り向いて
2台のバイク走り出す
潮の香り つかまえて
ぬれた服もかまわず
波と かけぬけて
跳ねる笑い声が ずっと踊った
潮風の道を きみと ゆく
スロットルを開けて
Chasing the wind
海までの道を きみとゆく
吹け上がるエンジン
Chasing the wind
明日の 行き先も風しだい
きみと いつまでも
はるかなWinding Road
潮風の道を きみと ゆく
スロットルを開けて
Chasing the wind
海までの道を きみとゆく
吹け上がるエンジン
Chasing the wind




