無機質な体温が |ピノキオピー 「愛されなくても君がいる」
初音ミク。
ボーカロイドの原点にして頂点。※電子の歌姫。
彼女はもちろん、実体を持たない。
けれど彼女の歌声を聞くとき、その平坦でメカニカルな響きは、なぜかあらゆる可能性をわたしに見せてくれる。
演じすぎない朗読が聞き手の記憶をくすぐり、こころの奥底をゆさぶるように。
フラットであるがゆえの余白が、曲のいろどりを無限に拡げてくれている。
生身ではない彼女の存在。
熱狂的に受け入れる人もいれば、気味の悪いものを見るかのように、触れもせず避ける人もいる。
初音ミクは歌う。
体温がないとしても「君が存在を感じてくれるなら」、
愛されなくても「君がいるなら」、
私はずっと歌っていられると。
♪ 世界中が変な目で見てても 君が少しわかってくれるなら
とても臆病でかなわない夢 希望のすべてが 音楽に変わる
好奇の目が自分をさげすんだとしても、「君」がいてくれれば、初音ミクは音楽を奏でつづけることができる。
それは、わたしの記憶にもある、
「たったひとりが自分を信じて見ていてくれること、それが前を向く力になること」、
それに似ている。
わかってくれる人がひとりでもいたなら、毎日のちょっとしたトゲだって、なんてことはないと思える。
ここへ来れば、自分をやさしく受け入れてもらえる。
そんな支えがあることで、日々は少しだけ、あかるく照らされる。
けれど時は流れて、いつしか彼女の存在を忘れ去り、日々の喧騒の中にうもれてしまう人もいる。
一時期はあんなに夢中になっていたのに。
初音ミクは歌う。
誰が自分の元を去ってしまったとしても「君がそばにいてくれるなら」、
愛されなくても「君が望んでくれるなら」、
私は不器用な声でも届け続けるんだと。
♪ あの人がどこかへ消え去っても 君がまだそばにいてくれるなら
酷く無機質で優しい人もどきのメロディが 今 歌に変わる
そばにそっといてくれる「君」がいれば、初音ミクはずっと歌い続けることができる。
音楽が、歌に変わる瞬間。
無機質なメロディが歌に変わるその瞬間。
それは、ないはずの体温が彼女に宿るということだ。
初音ミクの歌う曲が耳に聴こえてくるたび、わたしはその機械的な声の中に、ひたむきな想いを見る。
わたしの奥にあるいろいろな気持ちの箱を開け、物語をつなげてくれる気がする。
平坦であるがゆえに、わたしの思いもそこへあずけさせてくれる広さがある、そんな気がするのだ。
初音ミクは歌い続ける。
たとえほかの誰からも愛されないとしても「君が笑うなら」、ずっと初音ミクでいさせてほしいと。
たったひとりでも、自分のすぐそばでそのまなざしを向けてくれる人がいるのなら頑張れる。
そう、歌っている。
わたしもおんなじだ。
たったひとりでも、理解してくれる人がいるのなら、きっとこの先も笑って前を向ける。
初音ミクちゃん。
そんな気持ちを思い出させてくれるあなたは、わたしにとっては無機質なんかじゃない。
あなたの歌声にたしかにある体温を、わたしは感じているよ。
だからこれからも、音楽が歌に変わる瞬間をたくさん見させてね。
「愛されなくても君がいる」
2021年 ピノキオピー
※バーチャルシンガーの最初の製品は「初音ミク」ではありませんが、ボカロ文化が生まれ、大きくなった背景に直接作用したという意味において、このように表現しています。
