【ジェンダー視点で】なぜドナルドダックは長年愛されるのか
⚠️全て個人の考察です。参考文献にあたる時間がなかったため、至らない部分があればご指摘いただけると幸いです!
こんにちは、ドナヲタ大学生のあひるくちです!
プロフィールにも書いている通り、私は
ドナルドダックがめっっちゃ好きです。
しかし、ドナヲタになったのは約5年ほど前。
もちろん他界隈でも好きなキャラがいるわけです。
では、突然で大変恐縮なのですが、
私の他界隈の推しキャラをご覧ください。

みなさんお分かりでしょう。
「あ、この人、中性的なキャラクターが大好きなんだな…」と。
これらのキャラクターの共通点をまとめると
•男性である
•ロングの髪
•お腹や肩などが露出した服を着ている
などが挙げられると思います。
また、ここに載せた一部のキャラクターはゲイのキャラクターとして公式設定、描写されています。
(『Hazbin Hotel』のエンジェル•ダスト、『Hellvaboss』のフィツァローリなど)
要するに、短髪、異性愛、露出は少ない…などのかつての「男性らしさ」に縛られていないキャラクターが私の好みというわけです。
つかみとして私の好みという観点で語らせていただきましたが、近年、キャラクターに対してもジェンダーレス、性別のステレオタイプに縛られないことが叫ばれているのは事実で、具体的にはミニーマウスの外見や服装の変化、ディズニープリンセスの描写の変化などが挙げられると思います。これらの「女性らしさ」といった性のステレオタイプが強調されてきたキャラクターは、時代を経てより自立的に描写されるように変化してきたのです。

ズボンスタイルは何気にTDRでは初かも。

1950年代の現在にはないアグレッシブさ。
しかし、ドナルドダックというキャラクターはどうでしょうか。
セーラー服にベレー帽という服装は初登場の『かしこいメンドリ』(1934)の時から変わりませんし、ちょっぴりいじわるで小心者、ビビリで、怒りん坊で、ハプニングに巻き込まれやすく、やることなすことごとく失敗する…けれどもデイジーに首ったけで一途で正直者な一面もある…といったキャラクター性は作品を通して変化していません。

つまり、ドナルドダックは約95年前から変化していないキャラクターと捉えられるでしょう。
そこで、性別のステレオタイプにドナルドダックというキャラクターはどれほど縛られていないのかが気になりました。
よって、本記事ではドナルドダックというキャラクターをジェンダーの観点から考え直してみようと思います。
そして、なぜ私が、そして世界のあらゆる人々が長年ドナルドダックを愛しているのかを探るための視点を一つ提供できたらよいなと思います!
アヒルの”おしり”の可能性

ドナルドのおしり、通称ドナケツですが
これにどのような可能性があるというのか。
それは、性別を示す記号を明記しないということ
です。
日本の多くのトイレのマークでは
男子トイレ…🚹
女子トイレ…🚺
というように表象され、色での区別もありますが
男子はズボン、女子はスカートを履いているという点で区別をしている方が多いと思います。
しかし、ドナケツならどうか?
ズボンもスカートも履く必要がありません!!
なぜなら、アヒルのおしりだから。
また、アヒルのおしり部分はアヒルという動物自体の性を示す部分ではありませんので、ジェンダーを決める部分ではありません。
よって、ドナルドというキャラクターはその“おしり”によってステレオタイプ要素を一つ回避していると考えられるわけです。
「失敗する」キャラクター
ドナルドはいつも何かしら失敗します。
特に『3人の騎士の伝説』(2018)で顕著ですが、ドナルドは仕事をクビになり、無一文になり…ガールフレンドのデイジーをハプニングから華麗に守れないことだってしばしばあります。
さらには、プロパガンダ作品『統帥の顔』(1943)で、ナチスの軍事工場員となり、形式的に人権がほとんど失われたことも。
このドナルドのキャラクターが「笑い者」とされてきたと同時に、なんでも上手くいくスターではなく、失敗をするリアルな「アメリカ国民」の代表格として捉えられてきたことも事実です。
この「失敗する」キャラクターは、「男性らしさ」として求められてきた以下の点と対照的です。
•経済力がある
•女性を救う立場(王子様的存在)
•一つの仕事の安定
また、『統帥の顔』などの作品では(一時的ですが)階級の低い立場になることもあり、これも立場の高さ、権力を求められる「男性らしさ」のイメージから外れる部分があります。
よって「失敗する」ことで、ドナルドダックはいわゆる「男性らしい」理想像を示していないとも捉えられるでしょう。
セーラー服はジェンダーレス
ドナルドといえば、青のセーラー服でしょう。
セーラー服は元々イギリス海軍の服で、男性が着るものでした。ドナルドのセーラー服も、海軍のものと意図してデザインとして取り入れられたものでした。
しかし、時代を経て、子供服、そして女学生の服へとその利用者の属性は男性に限られないものとなりました。
よって、ドナルドのセーラー服は、時代を経て男性の記号とは捉えられにくくなったと考えることができます。
感情的という悪女的性質
また、ドナルドはとっても怒りっぽいキャラクターです。
それとは対照的に、神話(『ヘラクレス』など)の構成や、初期のディズニー映画におけるプリンス像(プリンス•チャーミングや『白雪姫』の王子)から考えると、彼らは感情に流されるようなキャラクターではなく(恋愛面では流されがちですが)、勇敢で、表情は豊かすぎず、また善を見極める判断を実行するキャラクターとして描かれてきました。つまり、男性は感情的でなく、理性的な存在として捉えられてきたと考えられるでしょう。
一方で、これらの王子様(ヒーロー)と対立するのは、悪女(魔女)であることが多いです。『白雪姫』やディズニー作品でない神話の『ヘラクレス』などが良い例でしょう。
彼女たちは嫉妬や怒りから攻撃をする選択をします。そしてそのイメージからか、プリンセスのような女性のあるべき理想像が従順で笑顔を絶やさないことであることに対し、怒りなどを表しやすい感情的な女性は「悪女」として表象されることがあります。
ドナルドの「怒りをあらわす」という各性別の理想像とは離れた「感情的」な行動が、ジェンダーイメージに基づく理想の追求に疲れた人々に共感をもらたしたとも考えられると思います。
【反論】ドナルドはジェンダーレスの象徴ではない
しかし、お気づきの通り、特にセーラー服に関しては、現在の考えに当てはめた場合ジェンダーレスなのであって、当時は男性性を意識して作られたキャラクター、それがドナルドダックです。
そして、彼が完全にジェンダー観点からのマイノリティといえないのは、ガールフレンドデイジーダックの存在です。
まず、ドナルドはデイジー一筋(『3人の騎士』とかを見るとメキシコ系の女性が好きなのかもしれません)なため、完全なジェンダーマイノリティだとは言い切れません。
また、デイジーはドナルドと同じアヒルにまつげやリボン、フリルがついていて女性的な外見が魅力的です。そのデイジーと比較すると、ドナルドはより男性性が強調されているとも考えられます。
また、『3人の騎士』であるように、セクシーで誘惑的なダンスを踊る女性にメロメロな一方、『3人の騎士の伝説』に登場するザンドラのように、誘惑的でなく男性的なふるまいが多い(ここでは武器を持って戦う、自立的、家庭的ではないなどの特徴を男性的と表しています)女性には惹かれていないことからも、「“女らしい女性”に惹かれる」という伝統的な男性像に重なる部分があります。
ただここでことわっておきたいのは、決してドナルドやデイジーなどのキャラクターの恋愛対照やキャラクター性を批判したいわけではありません。むしろドナデジは永遠に続いて欲しいと感じていますし、そのまっすぐすぎる恋愛感情こそが、マジョリティであるストレート(異性愛)の人々にドナルドが親しまれ、応援される理由ではないでしょうか。
まとめ
結論ですが、ジェンダー観点から考えると、ドナルドダックは、マジョリティはもちろん、マイノリティを否定しないジェンダーレス要素が組み合わさったキャラクターのために、そのキャラクターは変わらず、世界中で親しまれているのではないかという推測に私は落ち着きました。
もちろん初学者なので至らない部分があったと思いますし、あくまでも考察なので、そんな視点もあるんだ〜程度に理解していただけたら幸いです。
さいごに
ドナルドダックってすっげぇ〜!!!!!!!!!
愛してるよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ヘッダー画像:ディズニープラス『リスの汽車ごっこ』←ドナヲタ全員観て、おねがい…😭
