日本の「中世」を終わらせたのは秀吉
歴史上の時代を区分する「中世」や「近世」という用語にも、
ちゃんと定義があった、
言い換えると、
”土地改革”や”身分の固定”を満たすと、もはや「中世」ではなくて「近世」だ、そういう条件を学んだ、という話です。
これまで私は、
『現代のちょっと前が近世で、もっと前が中世かな』
くらいのふんわりした理解しかしていなかったわけですが、
大きな時代の区切りには、きちんと定義があった、
こういうことを知っておけば、もっと歴史が好きになっていたかもしれないという話です。
ここ最近は、呉座勇一さんの動画をよく拝見しています。
その中で、秀吉が日本の中世を終わらせたとも言える、
という説を学びました。
近世の条件は ”土地改革”と”身分の固定”
結論から言うと、近世になったと言える基本的な条件は、
・土地改革(複雑な権利関係の整理)
・身分の固定(兵農分離)
というのが一般的な考え方になってきている(そのような教科書も多い)ようです。
そして、その条件を満たしたきっかけの施策が、
秀吉がやった検地(太閤検地)と刀狩り
ということです。
土地改革
まず1つ目の、”土地改革(複雑な権利関係の整理)”ですが、
太閤検地の効果を、箇条書きでかなりざっくりまとめると、
以下のようなところでしょう。
それまで(中世まで)は、1つの土地に対して、寺社・公家・武士など複数の利権が絡んでいた
そのため争いごとも耐えなかった
だから、1つの土地に対して、年貢を納める人一人、年貢を貰う人一人を紐づけた
このように、権利関係をシンプルにした
これで、近世の扉が半分開いた感じでしょうか。
身分の固定
次に2つ目の”身分の固定(兵農分離)”ですが、
刀狩りの効果を、箇条書きでかなりざっくりまとめると、
以下のようなところでしょう。
秀吉のように下剋上で成り上がった人には、
下剋上が継続しないよう、身分を固定化する仕組みが必要だったこのため、農民が持っている刀を取り上げた
(ただし、必ずしもすべて取り上げたわけではなく、何を持っているかを申告だけさせて取り上げないケースもあった)こうして、家の外で刀を持つのは武士にだけ認め、
身分の固定化(兵農分離)になった
これで、近世の扉が開いた、ということでしょうか。
大きな流れが分かると楽しい
もちろん歴史の常で、諸説あります。
「近世」はあくまで徳川幕府になってからという説などもあります。
ただ、いずれにしても「中世」や「近世」の定義、
何を満たしていないのが「中世」で、
何を満たすと「近世」になるのか?
こういう大きな流れ・区切りの条件を理解すると、
歴史を学ぶのもより楽しくなりますよね。
もっと早く知っておけばよかったといつも思います(苦笑)
