なぜ聖書の「らい病」は「ツァラアト」に変わったのか? ― 翻訳の歴史と背景
はじめに ― ある日曜学校の教案から
1992年、ある教団の夏期学校教案に、こんな記述がありました。
「らい病というのは最初、体のあちらこちらに腫物ができて、やがてそれがひろがり、最後には体が腐っていく恐ろしい病気」
「らい病という病気は、人から人へうつるように、罪も人から人へうつっていきます」
「聖書は、罪人がどのようなものであるかを表すために、らい病人として記しています」
この教案の目標は「ナアマンのらい病を通して罪の恐ろしさを知る」でした。
同じ年、ハンセン病療養所内の教会とキリスト者たちが、クリスチャン新聞に意見広告を出しました。長年にわたって、教会が「らい病」についての誤った知識と誤った聖書理解を広めてきたことへの、静かな抗議でした。
この出来事は、日本のキリスト教界が聖書翻訳と向き合い直すきっかけの一つとなりました。そして2003年、新改訳聖書改訂第三版において、「らい病」という言葉は姿を消し、「ツァラアト」 という見慣れない言葉が登場したのです。
さらに2018年、聖書協会共同訳では 「規定の病」 という、また新たな訳語が採用されました。
なぜ、このような変更がなされたのでしょうか。そして、なぜ翻訳の見直しは今なお続いているのでしょうか。
本記事では、聖書翻訳の歴史、医学・考古学の知見、神学的な意味、そして日本社会における差別の歴史を紐解きながら、この変更の背景と意味を詳しく解説します。
第1章:原語が示す真実
1-1. ヘブル語「ツァラアト」とは何か
旧約聖書で「らい病」と訳されてきた言葉は、ヘブル語で 「ツァラアト(צָרַעַת)」 です。
この言葉が聖書に最初に登場するのは、出エジプト記4章6節です。
【主】はまた、彼に言われた。「手を懐に入れよ。」彼は手を懐に入れた。そして出した。なんと、彼の手はツァラアトに冒され、雪のようになっていた。(出エジプト記4:6、新改訳2017)
これは、神がモーセに与えた「しるし」の一つでした。モーセがイスラエルの民を率いてエジプトを出るとき、民が神を信じるようにと与えられたものです。
続く7節では、モーセがもう一度手を懐に入れると、ツァラアトは消え、元の肌に戻ったと記されています。
1-2. なぜ「神の権威のしるし」だったのか
ここで注目すべきは、この場面でのツァラアトの役割です。
出エジプト記4章29-31節を読むと、このしるしを見た民は「信じ」「ひざまずいて礼拝した」とあります。つまり、ツァラアトは単なる病気の記述ではなく、神の権威を示すしるしとしての役割を担っていたのです。
神は、モーセの手を一瞬でツァラアトに冒し、また一瞬で癒すことができました。これは、生と死、健康と病を支配する神の絶対的な主権を示すしるしでした。
イスラエルの民がエジプトで奴隷として苦しんでいたとき、彼らの神が「本物」であることを証明する必要がありました。杖が蛇になるしるし、そしてこのツァラアトのしるしは、まさにその証明だったのです。
この「神の権威のしるし」という原点を理解すると、なぜレビ記でツァラアトが詳細に規定されているのか、その神学的な意味が見えてきます。
1-3. レビ記に見る「ツァラアト」の不思議な性質
レビ記13章〜14章には、ツァラアトに関する詳細な規定が記されています。ここを読むと、この「病」がいかに特殊なものであるかがわかります。
ツァラアトが発症するもの:
人の皮膚(レビ記13章)
衣服・織物(レビ記13章47-59節)
皮製品(レビ記13章48節)
家の壁(レビ記14章33-53節)
家の壁に「発症」する病気など、現代医学では考えられません。これは明らかに、ツァラアトが単純な感染症ではなく、カビや汚染、あるいは宗教的な「汚れ」の概念を含んでいることを示しています。
ここに、モーセのしるしとしてのツァラアトと、レビ記の規定としてのツァラアトを結ぶ鍵があります。
1-4. 「汚れ」の神学的意味 ― なぜ隔離が必要だったのか
レビ記のツァラアト規定を理解するためには、イスラエルの「宿営」の構造を知る必要があります。
イスラエルの民は、荒野を旅する間、宿営(野営地)を設けて生活していました。その宿営の中心には幕屋(聖所)があり、そこには聖なる神が臨在しておられました。
聖なる神の臨在のもとに、「汚れ」を持ち込むことはできませんでした。それは神への冒涜であり、宿営全体に災いをもたらすと考えられていたからです。
ツァラアトは、この「汚れ」の最も顕著な表れでした。だからこそ、ツァラアトと診断された者は宿営の外に追い出され、聖なる神の臨在から切り離されなければならなかったのです。
これは、出エジプト記でモーセに与えられた「神の権威のしるし」が、レビ記では「神の聖さと汚れの対立」という形で展開されていることを示しています。神の権威は、聖さを守るための厳格な規定として現れたのです。
1-5. 「全身ツァラアト」は「きよい」?
さらに興味深いのは、レビ記13章12-13節の規定です。
しかし、もしも、そのツァラアトが皮膚に生じて、祭司が目で見るかぎり、ツァラアトが頭から足まで患者の皮膚全体をおおうようなことがあるなら、祭司がそれを調べる。もし、そのツァラアトがその人のからだ全体をおおっているなら、祭司はその患者をきよいと宣言する。すべてが白く変わったので、彼はきよい。
通常の感染症であれば、全身に広がった状態は最も重篤な状態のはずです。しかし聖書は、全身を覆うツァラアトを「きよい」と宣言せよと命じています。
これは一見矛盾しているように見えますが、神学的には深い意味があります。
一つの解釈は、汚れが完全に表面化した状態は、もはや隠れた汚れがない状態であるというものです。部分的なツァラアトは、まだ汚れが進行中であり、拡大する可能性があります。しかし、全身を覆った状態は、汚れが完全に顕在化し、もはや他者に移る活発な段階を過ぎたと見なされたのかもしれません。
いずれにせよ、この規定は、ツァラアトが医学的な病気の概念とは異なる、儀式的・象徴的な意味を持つものであることを強く示唆しています。
1-6. ギリシャ語「レプラ」の問題
新約聖書では、「レプラ(λέπρα)」という言葉が使われています。これは、旧約聖書のギリシャ語訳である「七十人訳聖書」が、ツァラアトの訳語として採用したものです。
しかし、「レプラ」はもともと乾癬や腫瘍など、種々の皮膚病の総称のような言葉でした。ツァラアトの内容を正確に反映しているとは言えません。
例えば、ルカによる福音書4章27節には、こう記されています。
また、預言者エリシャの時代に、イスラエルには、ツァラアトに冒された人が多くいましたが、シリア人ナアマン以外は誰もきよめられませんでした。
この箇所でも「レプラ」が使われていますが、旧約聖書の時代のツァラアトが何の病気か特定できない以上、このレプラもハンセン病とは断定できないのです。
第2章:当時のユダヤ社会における「社会的な死」
2-1. 宿営の外での生活
ツァラアトと診断されることが、当時のイスラエル社会においてどれほど悲惨なことであったか、レビ記13章45-46節は生々しく伝えています。
患部のあるツァラアトの者は自分の衣服を引き裂き、髪の毛を乱し、口ひげをおおって「汚れている、汚れている」と叫ばなければならない。その患部が彼にある間、彼は汚れている。彼は汚れており、離れて住まなければならない。宿営の外が彼の住む場所である。
ここに描かれているのは、肉体的な病気以上の苦しみです。
2-2. 五つの苦しみ
ツァラアトと診断された者は、以下のことを強いられました:
1. 衣服を引き裂く
これは、古代イスラエルにおいて悲嘆や喪に服することを表す行為でした。つまり、ツァラアトの者は自分自身の死を悼むように命じられたのです。
2. 髪の毛を乱す
整えられた髪は社会的な尊厳の象徴でした。髪を乱すことは、その尊厳を捨てることを意味しました。
3. 口ひげをおおう
これも喪に服す者のしるしでした。自分の顔を隠し、社会から姿を消すことの象徴です。
4. 「汚れている、汚れている」と叫ぶ
自分自身を「汚れた者」と公に宣言し続けなければなりませんでした。他の人々が誤って近づかないようにするためです。この叫びは、自己のアイデンティティそのものを否定するものでした。
5. 宿営の外で孤独に暮らす
家族から、友人から、共同体から、そして神の臨在する聖所から完全に切り離されました。
2-3. 礼拝共同体から切り離された存在
ツァラアトの者にとって最も過酷だったのは、聖所を中心とする礼拝共同体から切り離されることでした。
当時のイスラエル人にとって、礼拝に参加できないこと、祭りに加わることができないこと、犠牲をささげることができないことは、神の民としての生活から遠ざけられる深刻な経験でした。
彼らは、共同体の人々からも、聖所を中心とする信仰生活からも切り離された存在として生きなければならなかったのです。
これは「社会的な死」と呼ぶべきものでした。肉体は生きていても、共同体の一員として生きることができない。そのような絶望的な状況に置かれていたのです。
2-4. きよめの儀式 ― 復活の象徴
レビ記14章には、ツァラアトからのきよめの儀式が詳細に記されています。
きよめには以下のものが用いられました:
二羽の生きた小鳥
杉の木
緋色の撚り糸
ヒソプ
一羽の小鳥は殺され、その血がきよめられる者に七度振りかけられます。もう一羽の小鳥は、野に放たれます。
キリスト教の伝統的な解釈では、この儀式にキリストの死と復活の予型を見ることがあります。殺される小鳥はキリストの死を、放たれる小鳥はキリストの復活を象徴している、と。
きよめられた者は、死から命へ、隔離から共同体へ、礼拝から遠ざけられた状態から神の民としての生活へと回復されました。それはまさに「復活」と呼ぶべき出来事だったのです。
この背景を理解すると、イエス・キリストがツァラアトの者を癒されたことの意味が、より深く見えてきます。
ここから先では、医学史・日本のハンセン病差別・聖書翻訳の変遷をたどりながら、なぜ「らい病」という訳語が見直される必要があったのかを、さらに具体的に見ていきます。
第3章:医学と歴史が明かす事実
3-1. ハンセン病の起源と伝播
現代医学でいう「ハンセン病」は、1873年にノルウェーの医師アルマウェル・ハンセンによって発見された「レプラ菌(らい菌)」による感染症です。
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