もや71.「私」という宇宙と「あなた」という宇宙
きっかけは、
あるクライアントとの打ち合わせでした。
その方は、新しいWEBサイトの制作を依頼してくださったのですが、初回のデザイン案をお見せした瞬間、空気が凍りついたんです。
「……全然、没入感がないですね。これ、高級感も足りない。正直、プロの仕事とは思えません」
その言葉を聞いた瞬間、
私の心の中で、何かがパチンと弾けました。
いや、怒りというよりは、
あまりの「正論の不在」に、
膝から崩れ落ちそうになった、
というのが正しいかもしれません。
そもそも、私たちはみんな、
自分という人間が世界の
「スタンダード」だと思って生きています。
自分の見ている赤色は、
隣の人が見ている赤色と同じだと信じて疑わない。
自分の感じる「心地よさ」は、
全人類共通の正解だとどこかで確信している。
でも、実際はどうでしょうか。
ある人にとっての「没入感」は、
真っ暗な部屋でVRゴーグルを被り、
ノイズキャンセリングヘッドホンで外界を遮断することかもしれません。
でも別の人にとっては、
カフェの雑音の中で、
お気に入りの小説の行間に意識を溶け込ませることこそが、
至高の没入感だったりする。
「高級感」だってそうです。
大理石の床にシャンデリアが輝くホテルのロビーを思い浮かべる人もいれば、
使い古された木製のデスクの、
その滑らかな手触りに本物の価値を感じる人もいる。
それなのに、自分の感覚と合致しないからといって、即座に
「プロではない」と断じる。
それは、自分とは異なる宇宙の存在を、
根底から否定する行為ではないでしょうか。
私が一番
「おっと、ちょっと待てよ」
と思ったのは、
その方のWEBサイトにある文言でした。
そこには、
これでもかというほど立派なフォントで、
こう書かれていたんです。
「価値観は人それぞれ。個性を尊重し、多様な美しさを認め合う社会へ」
……。
……どの口が、それを、おっしゃるのか。
画面の中では
「多様性」という旗を美しく掲げながら、
目の前の人間が差し出した
「解釈」に対しては、
自分の物差しに合わないという理由だけで
「悪」のレッテルを貼る。
これ、現代の怪談ですよ。
「自分の感覚に合わないもの」は、
決して「悪いもの」ではありません。
それはただ単に
「今の自分には馴染まないもの」
という、極めてパーソナルな事象に過ぎないはずなんです。
それを、あたかも客観的な正義であるかのように
「プロ失格」と表現してしまう。
その言葉の刃が、
どれほど相手のクリエイティビティを削ぎ、
心を疲弊させるか。
その方は、想像を巡らせたことがあったのでしょうか。
ものづくりというのは、魔法ではありません。
「没入感」という注文書を出せば、
自動販売機からガシャンと正解が出てくるわけじゃない。
私たちがやっているのは、泥臭い
「翻訳」の作業です。
あなたが心の中で描いている、まだ形にならな
い「没入感」という霧のようなイメージを、
言葉や色やコードという共通言語に置き換えていく。
その過程には、どうしても「ズレ」が生じます。
「私の思う高級感は、もう少しマットな質感なんです」
「なるほど、それなら金箔のような輝きよりも、上質な紙のような手触りを目指しましょうか」
そうやって、お互いの宇宙の境界線を少しずつ重ね合わせていく。
時間をかけて、対話を重ねて、
お互いの感覚を丁寧にすり合わせていく。
その「面倒なプロセス」を積み重ねた先にしか、
双方が心の底から納得できるものなんて、
この世には存在しないのではないでしょうか。
効率化やタイパが叫ばれる今の時代、
この「すり合わせ」は、
最もコストのかかる、
無駄な作業に見えるかもしれません。
でも、その無駄の中にしか、
本当の「プロの仕事」は宿らないと、
私は信じています。
久々に、本気で頭にきました。
でも、この怒りは、単なる自己防衛ではありません。
「自分こそがスタンダードだ」
と傲慢にならず、
相手の感覚に歩み寄ろうとする、
すべての「創る人」たちの尊厳を守りたいという、
切実な願いに近いものです。
私たちは、神様ではありません。
他人の頭の中を100%コピーすることはできない。
だからこそ、歩み寄る努力をやめてはいけないんです。
もし、あなたが次に誰かに何かを依頼するとき、
「自分の感覚と違う」
と感じたら、どうか思い出してほしいのです。
それは、新しい世界を知るための入り口かもしれない、ということを。
「それは悪いものだ」と切り捨てる前に、
「なぜ私はこれを違うと感じるのか」
を言葉にしてみてください。
その対話こそが、あなただけの
「没入感」や「高級感」を形にする、
唯一のルートなのですから。
……さて、熱く語りすぎてしまいました。
冷めたコーヒーを飲み干して、
私はまた、誰かの宇宙を翻訳する仕事に戻ります。
次はもう少し、
お互いの言葉が響き合うような
出会いがあることを願って。
