悪魔と呼ばれた王


インドの二大叙事詩の一つとして知られる『ラーマーヤナ』。その物語はインドだけでなく、古くからインド文化の影響を受けてきたアジア各地へ広く伝わっている。

「ラーヴァナは、本当は良い王様だったんだよ」

スリランカの建築家ジェフリー・バワゆかりの庭園ルヌガンガで、『ラーマーヤナ』の一場面を描いた壁画を見ていた時、ジェフリー・バワ財団の職員の男性がそう語ったことを、今でもよく覚えている。

『ラーマーヤナ』は、『マハーバーラタ』と並ぶインド二大叙事詩の一つである。サンスクリット語で書かれ、全7巻、総行数は約48,000行にも及ぶ壮大な物語だ。現代においても、その影響は絵画、彫刻、建築、音楽、舞踊、演劇、映画など幅広い分野に及び、インドのみならず、かつて同じサンスクリット文化圏に属していた東南アジア一帯にも深く浸透している。特に、古代インドから伝わった王権思想は、支配階級だけでなく民衆の間にも広く受け入れられてきた。

物語では、スリランカにラーヴァナという強大な王が君臨している。ラーヴァナは神々にまで戦いを挑み、各地で悪行を重ね、美しい女性をさらっては妾にしていた。そしてついには、アヨーディヤーのシータ妃を誘拐し、スリランカへ連れ去ってしまう。シータ妃を救うため、ラーマ王子と弟ラクシュマナはスリランカへ向かい、途中で出会った猿族の協力を得て、ついにラーヴァナを討ち倒し、シータ妃を奪還する。

この物語の中で、ラーヴァナはまさに悪の権化として描かれている。とても「良い王様」とは思えない。しかし不思議なことに、私はこれまで数人のスリランカ人から、「ラーヴァナは本当は偉大な王だった」という話を聞いたことがある。

もともと『ラーマーヤナ』は、聖仙ヴァールミーキによって書かれたと伝えられている。現在の形に編纂されたのは紀元3世紀頃とされるが、最古層は紀元前4〜5世紀頃まで遡るとも言われ、長い時間をかけて成立した物語である。登場人物の多くはクシャトリヤ(武人階級)であり、そのため武士道にも通じるような、名誉や忠誠を重んじる色彩が強いことでも知られている。

一方、スリランカ最古の歴史書マハーワンサには、はるか昔、スリランカにはヤクシャと呼ばれる鬼の一族が島を支配しており、インドから渡来したヴィジャヤ王が彼らを退け、国を建てたと記されている。

古代インド人にとって、海の向こうのスリランカは、未開な土地として映っていたのかもしれない。そう考えると、スリランカの王ラーヴァナが「悪の象徴」として描かれたとしても、不思議ではないように思える。

さらに調べてみると、スリランカには「ラーヴァナは賢明で慈愛に満ち、優れた技術文明を築いた王だった」という伝承がいくつも存在する。現在でも、スリランカ各地には『ラーマーヤナ』ゆかりの地とされる場所が点在している。しかし、ラーヴァナが実在したことを示す明確な考古学的証拠は見つかっていない。

世界遺産として有名なシーギリヤを「ラーヴァナの宮殿」と結びつける説もあるが、考古学的根拠は乏しいとされている。

神話の中で、ラーヴァナはラークシャサ族の王であり、日本で毘沙門天として知られるヒンドゥー教の神クベーラの異母兄弟だとされている。クベーラが仏教へ取り入れられる過程で、その眷属であるラークシャサも仏教に取り込まれ、日本には「羅刹天」として伝来した。

羅刹天は、仏教の守護神である「十二天」の一尊であり、破壊や滅亡を司る一方、人を惑わす鬼神としての側面も持つ。しかし同時に、人の煩悩を食らい尽くし、悟りへの道を開く善神としても捉えられている。善と悪、破壊と救済という、相反する二面性を持つ不思議な存在なのである。

ジャイナ教には、「物事は多面的であり、一つの視点だけで断定してはならない」という教えがある。ある立場から見れば善であり、別の立場から見れば悪にもなる。どちらか一方だけに囚われると、本質を見失ってしまう。だからこそ、柔軟な視点が必要なのだという。

ラーヴァナという存在もまた、そうした“多面的な真実”を私たちに教えてくれているのかもしれない。

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