ときめきトゥシューズ 毎週ショートショートnote

ほころび 【410字】
ノックの音に目が覚めた。
玄関を開けると、湖に純白の鳥が舞っていた。それはしなやかに宙を舞い、水面を滑り、くるりくるりと身を翻した。
親父愛用の茶道具の羽箒の白い羽根をむしってやった。鳥は何十年かぶりに解放されたのだ。
間もなく鳥はザワザワと音を立てて飛び立ってしまった。そのあどけない純白はすぐに闇色に同化した。
音も空気もすべてが闇になった。ふいに彼の国の自分は白鳥だったような気がして軽く跳ねてみた。しかし羽根はブリキでできていて、気づけばフローリングに顔を押し付けていた。目の前にはトゥシューズ。それは白鳥の羽根のように白かった。
玄関にドガの踊り子がいる。暗い舞台袖で鳥のように丸まっている。
「これ、忘れもの」
トゥシューズを差し出したが知らんぷりだ。このままじゃバレエも絵も台無しじゃないか。このときめきをどうしてくれる。
再び目が覚めた。手の中には白い羽根があった。それは与えられた用途のまま留まっていたかったのだろうか。
了
*羽箒: 茶道具のひとつ 炉の周りを掃き清めるもので、白鳥のものは上級品


たらはかにさま
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