映画『ブルーベルベット』(リバイバル上映)感想 美しさの裏側で確かに存在しているもの
旧作を知ることで、じっくりとデヴィッド・リンチを追悼していきたいと思います。映画『ブルーベルベット』感想です。
急病で倒れた父の見舞いのために、田舎町ランバートンへ帰って来た大学生のジェフリー(カイル・マクラクラン)。彼は病院の帰りに、草むらで切断された人間の片耳を拾う。父親と懇意にしていた刑事ウィリアムズ(ジョージ・ディッカーソン)に知らせると、この件には深入りをしないように忠告される。ウィリアムズの娘であるサンディ(ローラ・ダーン)と知り合ったジェフリーは、事件にキャバレーの女性歌手・ドロシー(イザベラ・ロッセリーニ)が関係しているらしいと聞く。好奇心旺盛なジョフリーは、サンディの協力を得て、ドロシーの部屋へ忍び込んで手掛かりを得ようとする。クローゼットに隠れたジェフリーは、ドロシーがフランク(デニス・ホッパー)と名乗る男性との倒錯的な性行為を強要されているのを目撃する…という物語。

今年、2025年に逝去したデヴィッド・リンチによる1986年の監督・脚本作品。追悼的な意味合いで劇場公開をしていたので、まだ『エレファント・マン』しか観たことがなかったのもあり、せっかくならと劇場で初鑑賞となりました。
ちょっと愚痴になりますが、上映告知には「4Kリマスター版」となっているのに、観た劇場設備によって2K上映だったんですよね。観た後で気付いたのですが、それならば「4K」と入れない方が…と残念な気持ちにはなりました。結果、作品の面白さは充分堪能出来たので構いませんが…。
ということで、「カルトの帝王」と呼ばれているイメージはあるものの、『エレファント・マン』しか観ていない身としては、比較的ちゃんとした(?)ヒューマンドラマの作品しか味わっていなかったわけですが、今作もリンチ作品の入門的なものではあるものの、徐々にそのカルト部分が大きくなっているもののように感じることが出来ました。
物語自体は普通のサスペンスだし、大雑把にネタバレをしてしまえば、ラストは男女のキスで大団円を迎える娯楽作品なわけですが、そこに到るまでの主人公たちを襲う危機というものが、1986年当時ではかなり画期的な暴力と歪な異形さのあるものだったように思えます。
オープニングシーンでの、美しい庭風景がクローズアップしていって、地を這う虫が映し出されるのは、サスペンス娯楽とは思えない異質さを強調した始まりになっています。物語の発端である「人間の耳」が落ちているという場面も、現代の暴力描写では何てことないものですが、当時ではギョッとしてしまうものでしょう。これがそのまま作品テーマである、「平穏の裏側にある世界の違う顔」というものそのものになっていると思います。
ジェフリーが、好奇心だけでなくサンディの気を引くために探偵まがいの行為をする、それに乗っかるサンディのやり取りは、いかにも陳腐な若い男女というものですが、これもまた、その後にある裏社会の恐ろしさというものの対比になる穏やかな日常というものとしての演出なんだと思います。この日常では映画的にはならず、むしろ刺激の強い異形の時間こそが映画的であるということのように感じられました。
その異形のもの、暴力の象徴であるのが、早々と登場する事件の黒幕であるフランクという男性なんですけど、このキャラクターが本作以後のノワール作品でも類のないタイプの悪役だと思います。
ドロシーに対する倒錯的な性行為も当時では相当な踏み込んだ描写ですし、すぐに手が出る暴力性、導火線がどこかわからない情緒の不安定さも怖さではあるんですけど、それ自体は悪役としてよくあるチンピラ風情ではあるんですよね。
その暴力性を持つフランクが、音楽という芸術には心の底から感動しているという描写が、全く見たことがないキャラ造形になっていると思います。タイトルにもなっている名曲「ブルーベルベット」を歌うドロシーへの視線は、ただただ純粋に美しいものに感動している眼だし、ロイ・オービンソンの「イン・ドリームス」を聴くシーンなんかも凄まじいですよね。カセットデッキで流した曲を、口パクでパフォーマンスするベン(ディーン・ストックウェル)というゲイ(というかオネエ)を鑑賞するというものですが、本当に生まれて初めて音楽を体験したような表情をしているんですよ。直前まで暴力を撒き散らかして「ファックに乾杯だ!」とか下品な言葉で騒いでいた人間とは思えないんですけど、そのギャップこそが人間そのものでもあるように感じられました。異様な説得力を持ったキャラクターだと思います(芸術に感動する姿は『エレファント・マン』でも描かれているものですね)。
平穏無事な人生を送っていたジェフリーが世界の裏側を知ると共に、平穏な表の世界であるサンディと、裏の世界から助けを求めるドロシーの双方に惹かれるという狭間で悩むという恋愛物語という構図にもなっています。だけど、それと同時にジェフリーがドロシーとの関係の中で、自分自身の中にフランクと同種の暴力性を持っていることに気付く物語でもあるんですよね。
これは、その裏世界が一般人と相容れない恐ろしいものということではなく、誰にでもその裏側が内在しているという表現にもなっていると思います。恐ろしいフランク一味はもちろん、悪そのものなわけですが、そこでしか生きられない人々という捉え方も出来るし、フランクが根城の1つにしていた先述のオネエたちが集まる場所は、当時の異性装者たちが、裏社会でしか受け入れてもらえなかったということに思えます。この人たちも決してフランクたちに同調しているわけではないというのも、表情から伺えます。
メインの物語は王道でありながら、どぎつい表現を交えて心に引っかかりを残す見事な作品だと思います。他のもっとディープなリンチ作品も堪能してみたくなりました。遅まきながら、その偉大な才に触れることで、ゆっくりと時間をかけてデヴィッド・リンチを追悼していきたいと思います。
