嵐の「Five」を聴いて、伝わる“言葉”について考えた話。
嵐の「Five」を聴いた。
嵐は好きだが、ファンかと訊かれた場合の答えは「いいえ」になるのだろう。熱心に支持する愛好者ではないけれど、迷わず「好き」と言えるくらいにはとても魅力的な存在だと思っていて、テレビに出ていたり動画が出ていたりすると、つい手を止めて見てしまう。ティラミスやチーズケーキが好きな私にとってのショートケーキくらいの立ち位置かもしれない。
だからこの記事も、嵐のことを詳しくは知らないそのへんの一般人が、単純に作品としての楽曲を聴いて思ったことを書いています、ということを先に記しておきたい。決して嵐について解ったふうに語っているつもりはないのです。どうか通りすがりの嵐ファンの皆さまがモヤモヤされることがありませんように。
さて、私のまわりにはファンクラブにも入るようなれっきとした嵐ファンの友人知人が何人もいるので、3月4日、5年ぶりの新曲が出た昨日は、私の各種プライベートSNSのタイムラインやストーリーが「Five」のジャケット画像で溢れた。
あまりに流れてくるものだから、そりゃあ気になって聴いた。んで、泣いた。
いち一般人でも泣いてしまうので、こんなん嵐ファンは号泣じゃないですか。
音楽理論については無知なので、コードがそういう色を持つからなのか何なのか理由なんてわからないのだけど、嵐の楽曲はグッとくるメロディー運びの曲が多い。
なんというか、集大成のステージで選曲すれば感動を呼ぶような、ここまでの準備期間いろいろあったけど良いステージになったね、と、思わず込み上げるものがあって、汗も涙も全部輝かせてしまうような、未来への希望が滲むメロディー。嵐のほかの曲でいうと「Still…」とかも大好き。吹奏楽界隈でいうと「オーメンズ・オブ・ラブ」のような感じだ(一部にしか伝わらない例えを出すな)。
爽やかで耀いメロディー、Bメロのリズム運び、サビへ向かう昂り方、からの先述した希望が滲むメロディーラインのサビ。
このタイミングでリリースされた待望の新曲が、歌唱パートの割り振りも含め、まさに「嵐」を感じさせる王道の編曲に仕上げられていたのが、ファンの皆さまにとってもきっと嬉しかったのではないかなと思う。
そしてなんと言っても、この歌詞だ。
もちろん「A・RA・SHI」のサビ部とのつながりも、作品としてのこういう粋なやつは私も大好物なのだけど、それを差し置いても、
どうしたって嵐5人の軌跡に重ねて聴いてしまう。
私が再三言っていることだけれど、言葉の力なんてたかが知れている。
「言葉」が伝えられるのは「情報」でしかない。
「言葉」そのものの価値は流動的で、いつも同じではない。
それでも、その「言葉」というフィルターを通して、
その奥にある感情や温度を、背景を想うから、人は感動する。
もうね。
落ちサビが大野くんなのは、もう、ずるい。
心が突き動かされて、ぐわんぐわん揺さぶられて仕方ない。
数えきれない景色を
数えきれないほど歌った
それでも いまここに広がる空が
いつよりも美しい
泣いてしまう。鳥肌がすごい。ううぅ。
っていうか、落ちサビだけでなく、
大野くんの歌唱パートがいちいちずるい……!
歌詞については、初っ端の表現からクラクラ来てしまう。
不思議と懐かしい風の匂い
立ち止まる僕を追い越してった
まるで背中をそっと
押されたような気がした
立ち止まる僕を追い越してったのに、
背中をそっと押されたような気がしたって。
私なら自分だけ前進できていないようなふうに捉えるかもしれない。
けれど、ああ、彼の目にはそういうふうに映るんだろうなあ、そもそもの物事の捉え方が違う、前向きな選択なのだなあと、そんなことを想像したり考えたりさせられる一節。
星のない夜空なんて つまらないと君は言った
けど 僕らが歩いた軌跡が いま星座を紡いでゆく
たとえイビツで 不揃いな 線でも 想いは繋がってる ほら
そう思えたこの瞬間が 永遠という名の嘘 本当にした
星、嵐、彼。
君、ファン、彼ら。
僕ら、5人。
それぞれの視点から、どの視点から歌詞を想っても、通ずるものがある。
空は一つだから、どの場所から見ても、星は同じように輝いてるんだよなあ、なんてことを思う。
あと、星座って、イビツな形でも自分の信じたい物の形で見て捉えることができるんだよなあ、なんてことも思う。もちろん良い意味で。
敢えて「嘘」という厳しい言葉を選ぶ誠実さ。
誰かにとって悲しい形のままにさせないように、
“嘘”になってしまうのだろうかという懸念を残さないように、
そのまま終わらせない。そんなふうにも受け取れる。
もちろんこれはあくまで、私個人が勝手にそんなことを想ったよ、という話。
でも何か伝わるものを感じて、勢いで思わずこの筆を執った。
で、調べたところ、翌日にMVが出るということだったので、その動画も載せたいゆえに、リリースから1日遅れでこの記事を投稿したというわけである。
21時ジャスト、さっそく観て、またグッとくる。
曲終盤ラスサビで大野くんがセンターなのも良い……。
言葉が万能ではないことを知っているくせに、私は未だに言葉であれもこれも伝え尽くそうとしてしまう。
けれど実際は、言葉で語られていない部分を想像させるような、思わず考えてしまうような、そんな文章だから、深く伝わるものがあるのだろうなということに、なんだか改めて気づかされてしまった。
嵐の「Five」
一瞬で好きになってしまう一曲でした。
忘れないでいよう
(2,260文字)
こちらもよろしければ:)
「言葉」は思いを伝えるための代表的な手段でありながら、
「思い」そのものではない。
#読後エッセイ
#音楽篇
#厳密に言うなら聴後エッセイ ?
#ブランド名だからいいんです
#嵐
#Five
