正真正銘の推し作品へ本気のラブレターを捧ぐ。
ご無沙汰しております、aeuです。
100日チャレンジ残すところあと3日!という信じられないタイミングで高熱を出し、一応つぶやき投稿で凌ぎ100日連続投稿の通知は頂いたものの、それ以来なんやかんやとあり、チャレンジの振り返り記事を未だ書けていません。
それも書きたいと思っている。あれも書きたいと思っている。だけど今は、それらよりももっと、最優先で書きたいものがある。
正直、公式賞の発表から2週間、読者賞の発表から1週間が経過しようとしているいま、今さら掘り返して然るべきか……と、めちゃくちゃ迷いましたが、伝えずには終われない思いがあるので、相変わらずのんびりなタイミングで記事を書くことをお赦しください。
というわけで、はじめましての方もお呼び立てしているので、
余談はほどほどにして、本題に参ります。
先日、タイムラインを大いに賑わせていた『秋ピリカグランプリ』がついにフィナーレを迎えましたね!パフパフ♪
夏ピリカ、春ピリカと参加経験のある私は、もちろん今回の秋ピリカも本気で挑むつもりでした!
が、冒頭で触れました発熱等によりその志は叶わずでした。
だがしかしbut
応募という形ではなくとも、私も本気で秋ピリカに参加したい。
ということで、過去最多である応募作品189作。
ぜーーーんぶじっくり鑑賞させていただきました!!!
本当に十人十色のアイデア、作風、物語、展開に、とても楽しませていただいた。楽しかった、面白かった、心を動かされた、勉強にもなった。
けどけれどyet
読んでスキして、特に好きだった作品にはコメントで感動を伝えて……
それだけでは終われないと思ったのです。
なぜならば、
※記事内にもリンクはありますが、ほかの賞の発表記事はこちら。
②すまスパ賞 ③読者賞候補 ⇒ ◆読者賞
なんであの作品がどの賞にも選ばれていないんだ、おかしいだろおおおおおおおおお!!!!!
審査員の方々を責める言葉ではありません。素晴らしい作品が多すぎて選びきれなかったということは至る所で伺っており、そんなことは重々承知之助なのです。もちろん好みの違いも大いにあるでしょう。
でも叫ばずにはいられない。なんであの作品が——(略)
そこで私は、勝手にaeu賞を選ぶことにしました。
それも「好きなものを複数選ぶ」のではありません。
「たった1つ」「正真正銘の推し作品」を選びました。
ちなみに、私が自分の名前を冠した賞を選ぶときの本気度は、自分で言うのもなんですが、正直物凄いです。めちゃくちゃ本気です。
note界の某大きな俳句大会で「勝手にaeu賞」を出した時のアレをご存じの方には伝わりますね(笑)
とはいえ、私自身はなんにも凄くはない、技術も知識も実績もない、言葉が好きで小説書きに憧れているだけの、ただの平凡な人間です。
だから、もちろん決して名誉ある賞なんかではないのですが、でも、
189作の中から本気で選ばれた「誰かの一番」
であることを、少しでも喜んでもらえたらいいなという気持ちで、真剣に向き合って選びました。
さてさて、相変わらず前置きが長いですが、
この「本気で」という言葉に少しでも説得力を持たせるために、選考の流れを記しておきます。ぶっちゃけイタいくらい審査員気取りです(笑)
(選考の流れ)
【189作品】すべてをじっくり読み込む。
「好きだ!」「やられた!」「震えた!」「凄い!」「面白い!」と思った作品のうち「これはaeu賞に選びたい!」と感じた作品を少なくとも20作品以上書き留めておく。【この時点で33作品】
↓
選んだ【33作品】を再度じっくり読み込む。
《総合》《テーマ》《ストーリー》《導入》《表現性》《印象性》《好み》の7項目について、A~Eの5段階でチェック(稀にSが登場)。そのうち、好きなんだけど「紙」がテーマって感じがしないな(主観です)と感じるものを除外させていただく。【この時点で29作品】
↓
残った【29作品】をさらに読んで、心苦しいが1位~28位までの順位付けをする。この時点で1作品が作者によって削除されてしまったため28位まで。
↓
順位付けした【28作品】のうち、読者賞候補や公式賞に選ばれた作品にチェックを入れる。(※私自身の選考を全て終えた後に公式賞をチェックするというのがこだわりポイント。)
↓
公式賞受賞作を除くランキング【1位】が確定。
ざっくりこんな流れです。
7項目の詳細は以下。

※各項目A~Eの5段階、のところに、
「理屈じゃなくこれはすんげー!」って場合、稀にSが登場する。
と書かれているのだけど、全選考過程が終わってから「S」の数を数えたら、

で、合計33個も「S」あったわ。
7項目×29名=203枠のうちの33個だから、全然稀じゃない(笑)
待ちくたびれましたね。
さすがにいいかげん『秋ピリカグランプリ勝手にaeu賞』を発表しようと思います。
私が書くのは「講評」なんて立派なものではありません。あれこれ深読みをしてしまうたちなので、的外れな感想もあるかもしれません。でも「私はこんなふうに感じたよ、だから好きだよ」を率直に書きます。
発表します。
正真正銘、私の一番!
三(卍^o^)卍ドゥルルルル
三(卍^o^)卍ドゥルルルル
🎊aeu賞 最優秀賞🎊
『ティアドロップのしらべ』 くまさん
純粋に全作品のなかで一番好きな作品でした。
「紙がテーマの作品であるか」という点においては、より優っている作品が他にあるかもしれません。それでも、そんなことは度外視してしまいたくなるくらいに、私はこの作品を何が何でも肯定したい。
ちなみに私aeuは作者くまさんと交流したことは一度もないので、これは正真正銘「作品」が好きすぎるゆえの気持ちです。
まず冒頭1行目で心を掴まれる。
「私のかたつむりはうまく動いてくれないのです」
そのすぐあとに『彼女は耳を指さし、困ったようにやわらかくはにかんだ』とあるので「これは耳の蝸牛のことだ」とすぐに解りました。
だからといって「蝸牛」を知らない人が読んだとしても、話の内容がわからないものにはなりません。彼女はそのあと『耳が聞こえません。注文したい本がありますがよろしいですか?』と、誰にでも伝わる言い方で用件を述べるのですから。
ならば初めからそのように伝えればいいのでは?と思うでしょうか。否。
彼女は返事の代わりなのか、その下にツノを出したかたつむりの絵を描いた。僕はそのユニークさに思わず微笑んだ。僕と雨宮さんとの交流はここから始まった。
耳が聞こないゆえ一見物静かで、楚々とした字を書き、本を丁寧に扱う、そんな彼女は、きっと従来、とてもユニークで明るくて笑顔の多い可愛らしい人なのだろうと想像ができます。
冒頭の台詞や、かたつむりの絵は、そんな彼女の魅力の表れであり、もしかすると彼女の思いやりでもあるのかもしれません。これらの彼女の振る舞いは、相手に障がいに対する重さや憂いを与えない効果があるように思います。「耳が聞こえない」という事実は同じくそこにあるのに、「大変だな」「手助けをしてあげなければ」そんな同情よりも「素敵な人だな」という印象を強く感じるのです。
それともう一つ特筆したい部分。
雨だれが風に乗って聞こえた日。
冒頭の台詞のすぐあとの何気ないこの一文。本当に何気ない一文なのだけれど、どうにだって表現のしようのあるその日を、敢えて「音」で表現しているのが凄いなと思いました。聞こえる僕と聞こえない彼女との明確な対比がここにあります。そして「聞こえる僕」目線の物語がここから始まるのです。
後にも触れる予定ですが、こういったところからも、くまさんの作品は音声込みの映像が浮かぶのです。つまり文章から映画のような雰囲気を感じます。映画が好きな私にとっては大好物です。
さて、ここまで(~ 僕と雨宮さんとの交流はここから始まった。まで)を読んで、すでに私はこの作品を「aeu賞候補」に入れたいと思いました。
「僕」と雨宮さんとのお話を、この約1200文字だけではなく、描かれていない間のいくつもの交流を、なんなら初めて本屋に雨宮さんが来店した日のこと(雨宮さん目線)を、そしてこの先の未来を、長編で読みたいとすら感じた。起承転結でいえば「起」の部分ですでにそう感じさせてくれた、ここまでの丁寧な描写が、秀逸な台詞が、もうたまらないと感じたのです。
静かな店内。窓から入る光は付箋に影を落とす。鉛筆とペンの走る音が入れ替わる。彼女の蝸牛を介さなくとも、僕たちのことばは紙面で光と影の隙間を自在に踊った。
もう。素晴らしい表現の数々にうっとりしてしまう。
もし僕も彼女も手話ができたなら、このようにゆったりと流れる時間や、紙の上でことばが踊る温かさや心地良さはなかったでしょう。
秋雨が落ちはじめた。
小説や映画、漫画などさまざまな創作物において、涙や主人公の感情を表す比喩表現として使われることの多い雨ですが、それが「秋雨」なのも「降る」ではなく「落ちる」なのも「落ちはじめた」なのも、すべてにおいて納得の一文で、この一行を取っても唸ってしまいます。
紙の上で音が舞った日々を忘れることはありません。
「紙の上で音が舞った日々」
お手紙は選曲に力を貸してもらったことについての内容だったので、この日々が指すのは、雨宮さんにとっては選曲に力を貸してもらった日々のことなのかなと思います。けれど「僕」にとって、それは付箋で筆談をしあった日々、鉛筆とペンの走る音が入れ替わり紙の上を舞い踊った、その日々ぜんぶだろうなと。
付箋のかたつむりを眺めた。
きっとこれは交流が始まった日の付箋なのでしょう。
最初を思い出す。日々を思い出す。
店内に「悲愴」を流す。
しずくの付箋を全て壁に貼った。
涙は流れ、弔いの声が聞こえた。
しずくの付箋を全て大切にしまってあった事実。
この時の「僕」の感情を安易な言葉にするのは野暮で、けれど唯一妥当な言葉があるとするならば、
「悲痛な心の叫びはさざ波のように押し寄せ」
「絶望と希望を抱いて愛おしむ」
壁一面のしずくの付箋を眺めてそんな感情だったのだろうなと想像します。まさに『悲愴』がぴったり。
「紙」はいつまでも残ってしまう。言葉の記憶や思い出は良くも悪くもいつか薄れる日が来るし、涙はいつか止まる、雨もいつか止む。だけれども、紙はいつまでもそこに残ってしまう。
だから「僕」の悲しくいたましい思いは、秋雨のように静かに長く続いてしまうのかもしれません。
ベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ第8番『悲愴』第2楽章」を掛ける。まさに、この『ティアドロップのしらべ』の世界観にぴったりとはまる。音楽とともに映像が頭のなかを流れる。
作品全体、静かでほんのり物寂しく、だけれども温かくて穏やかで、最後は痛くて苦しいのに、それでもやっぱり優しさを感じるような、心を掴んで離さない、そんな素敵な作品でした。
さてさて。本当は「優秀賞」的な位置付けで、あと3作品私の推し作品を紹介したかったのだけれど、すでに4,600文字を超えている😂😂
ので、明日か明後日にもう1本出すかもしれません。が、実はその方々の作品にはまだコメントを入れていないので、コメント欄で文字数が足りそうだったら、記事書くのはやめます(笑)
というか、くまさんの記事にもちゃんとコメント行きますー!!!
作品の良いところは作品のコメント欄に書いてこそー!!!
(4,804文字)
