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木製バットはいつか灰になる

5年前くらいまで野球をやっていました。
本格的に社会人チームで野球をやっていて、プロも目指していました。
高校野球では金属バットを使いますが、その先は木製バットを使うんです。
その時に使っていた木製バット。
野球を辞めてからしばらくは自宅アパートに置いてあったその木製バットは、野球から目を逸らしたい一心で実家に送っていました。
実家に帰省すると、いまだにそのバットが置いてあるのです。
初めはバットを見るたびに、夢を諦めてしまった弱い自分を思い出して情けない気持ちになっていましたが、今では帰るたびに握って軽く振るようになり、ようやく木製バットが思い出の品に変わりつつあるのです。
木製バットは上手く扱わないと折れやすく、それに木なので湿度によっては変化してしまう消耗品です。
イチロー選手はジュラルミンケースに入れて持ち歩いたり、木の材質や形状にこだわる選手もいます。
きっと今実家の納屋に置いてある僕の木製バットは、時間と共に劣化していくのでしょう。
いつかは燃やす日が来るのかもしれません。
経験というものが劣化することはなく、記憶が燃えてなくなるなんてことはないということを、時間が経つと分かってきます。
僕の体も意識も死ねば灰になるので木製バットと同じかもしれませんね。
けどこうして言葉を残し、記憶を形にしているということが木製バットとの違いかもしれません。

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