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帰り道、新品の街灯

帰り道の街灯が新しくなっていて、自分の影が濃いことでそれに気がつきました。

影が濃くなると、なんだか悪い気持ちになります。ここで言う悪い気持ちは、悪者になったような気持ちということです。

脚光を浴びるという言葉があります。
世間に知られ、注目を浴びるということです。
プロ野球選手を夢見ていた自分にも、脚光を浴びたいという願望はありました。
今も小説家を目指す中で、少なからず自己顕示欲、承認欲求みたいなものはあると思います。

街灯に強く照らされた時、悪い気持ちになった僕はきっとこんなことを考えているんだと思います。
脚光を浴びるだけの人間なのか。
人様に読んでもらう言葉を、豊かな想像力をもって書けるだろうか。

ちょうど読んでいる朝井リョウさんの『何者』で、他人の分析をしたがる主人公二宮拓人にバイト先の尊敬する先輩サワさんが痛烈な一言を放ちます。
「ほんの少しの言葉の向こうにいる人間そのものを、想像してあげろよ、もっと」

僕は自分の想像力の狭さを知っておくというのはいいことだと思います。
それでも、昨日より今日、今日より明日、その想像できる世界を少しでも広げたり、深めたり、より遠く、もしくは細かく見られる人間でいたいと思います。

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