読書記録【2026年5月】
①方舟を燃やす 角田光代 講談社
自然食を大切にして愛情深く子育てに奮闘するも二人の子供は大人になるにつれて離れていく女性、不三子。ノストラダムスの予言をどこか信じていた男性、飛馬。昭和生まれの二人は何を信じてコロナの混沌とした時代を生きたのか。信じることの意味をもう一度問う作品です。
読むほどに信じることの怖さと、けれどそうしていかなければ自分を守れない確かさを行き来する感覚に陥りました。きっと、人は信じたいものを信じてしまう生き物であり、何かを信じるということは自然なことだと思いました。だからこそ、自分を省みる時間や場所を確保し、それでも自分の感覚にしたがって手探りで進んでいく必要があるのではないかと考えました。
②台湾漫遊鉄道のふたり 楊双子 三浦裕子訳 中央公論新社
昭和三十年の台湾。日本人作家の青山千鶴子は講演旅行で台湾人通訳の王千鶴と出会う。台湾の歴史・文化・食などあらゆることに精通する千鶴に千鶴子は心を通わせ台湾を堪能する。しかし千鶴はなかなか心を開かない。すると千鶴は突然、通訳を辞めてしまう。国と国が繋がるということ、ひいては人と人が繋がるということはどういうことか。「独りよがりな善意ほど、傍迷惑なものはございません」台湾人作家が描く日本人必読の一冊だと思います。
食べ物の描写・構成は誰もが心打つことでしょう。それ以上に僕は、自分が日本の文化に染まり、日本に染みついた考えに染まり、それによって物事を判断したり、持論を書いていることを再認識させられました。ものをよく考えるためには、他を知るという出発点があることをこの物語に教えられた気がします。
③眠れぬおまえに遠くの夜を 桐野夏生 文藝春秋
苦労の末、韓国でスーパースターアイドルとなったナダン。裕福な環境で育ち大きな挫折もなく三十歳をすぎて俳優として才能を開花し始めたテミン。二人はまだお互いが学生の頃、アメリカで言葉を交わし、手紙や電話でやり取りをする仲になるが大人になり二人は疎遠に。そして輝かしいキャリアを積んだナダンは突如スキャンダルにより芸能界を追放されることになる。人は何を得ると何を失うのだろうか。韓国社会と芸能の仕事、またインターネット社会の市井にある誰もが誰かに監視されて生きているという実感を鋭く突いた作品です。
④タイム・シェルター ゲオルギ・ゴスポディノフ 寺島憲治訳 早川書房
ブルガリア人作家が残した時間と記憶の物語です。謎の人物、ガウスティンは認知症患者のための過去のクリニックを開設。小説の語り手であるぼくは、1960年代や1940年代の過去の空間を再現するためにその時代の品物や書物などをかき集める。精巧に作られた過去の空間に患者たちは引き摺り込まれ、やがてこの流れは国の政治、さらにはヨーロッパ全体の時間を動かすことに。過去に戻ることは希望か、それとも絶望か。
僕はこの作品がこの世に誕生したことによって、作者本人が謝辞にも記している通り、過去と未来を捨てなければいけないと考えた。なぜならば、一つ考えたことは、過去に戻ることは未来を確実に見ることであり、確かに見える未来は人間にとって有毒である可能性が高いことは想像がつくからだ。よく考えてみれば、人類が誕生してこれほど過去がクリアに見える時代になったことがあっただろうか。印刷技術の発展により多くの言葉で歴史を書物に刻み、画像や映像技術によって言葉以外も記録し、やがてそれは民主化・平等によって拡大し、膨大なデータとその解析技術で過去は確実なものとなった。そして「限りある時間の使い方/オリバー・バークマン」でもあったように、この時期にできる木の実の場所や明日の作業についての心配しかしてこなかった人類が、十年後の心配をし始めたのは産業革命以降のごく最近のことで、その年数は伸び今や20代で50年以上先の健康や経済状況など多岐にわたって予測し始めなければいけない。要するに過去を時間という軸で見ることが当たり前になった時代で、過去を見るということは同時に未来を見ようとする試みであって、未来予測は過去によって発達してきたのかもしれない。この作品の試みは、今という時間、いや時間でもない(1960年代でも、1週間前でも、明日明後日でもない)空気そのものを感じ取ろうとしているのではないかと考えた。そしてはっきりと言えるのは、過去はもう存在せず(そもそも過去という概念がない)、未来はほんの些細なことでひっくり返るということ(未来という概念もない)を想像してしまうことを疑って生きていくということかもしれない。まあ、一言で片付ければ今を生きろということかもしれない。(今という概念もない)
