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shinsukesugie
【エッセイ】怒りたいのです。
僕は人生で怒ったなあという記憶が2、3回くらいしかありません。それも怒りといった大仰なことではなく、イラッとしたことが溜まり重なりの延長線上で、声を荒げることなく静かにその場を立ち去るぐらいの怒りです。(何に対して、誰に対して怒ったのかも覚えていないぼんやりとしたものです)これまでの26年間僕はそんな感じでのらりくらりと、喜怒哀楽の怒を使わずに過ごしてきたので、これからの50年ほどの人生で、怒りが必要なのかなあと考えてみました。
怒りのイメージで僕が真っ先に思い浮かぶのは、マンガの主人公です。仲間を傷つけられ、馬鹿にされ、大切な人を失い、その敵に対して覚える強い怒りです。「クリリンのことかー!!!!!」は国民を代表する怒りです。
あれを怒りとするならば、僕には死んでも守りたいこともなく、それを奪うような敵もいない状況では、怒りは生まれないでしょう。やはり、マンガの怒りはマンガの怒りなのだと思います。
となれば現実世界で怒りを見つけるしかありません。自分が感じる怒りを体現している人を探してみると、クレーマーという存在がいました。顔を近づけ店員さんに声を荒げている様子はまさに怒りでしょう。
あの様子を見ていると、僕はちょっと笑けてくるのです。
なぜなら、被害を受けたであろうクレーマーが怒鳴ることによって、加害者であろう店員さんが被害者のように周りからは映ることが、あべこべで面白いからです。
そもそも、僕は大抵のことは笑って許せるし、怒るようなことをする店員さんにも出会ったことがないので、クレーマーのように怒る気持ちがいまいち理解できません。
というわけで、怒りはしばらく必要なさそうなことがよくわかりました。
