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答えって、買えるやつと買えないやつがあるんよ——『スラムドッグ$ミリオネア』を40代で観直したら、ラブストーリーじゃなかった話

『スラムドッグ$ミリオネア』を10年ぶりに観直した。当時30代なりたてのぼくは、これをラブストーリーとして観てた。今回観たら、ぜんぜん違う映画だった。学歴と階級の話だった。
雨の日曜、繁忙期が一段落して、午後にDVD棚眺めてたら『スラムドッグ$ミリオネア』があった。ダニー・ボイル、2008年。
当時30代になりたての頃のぼくは、これをラブストーリーとして観てた。スラム出身の青年がクイズ番組で勝って、初恋の彼女と再会する、シンデレラストーリー。
今回、家で一人でもう一回観た。ぜんぜん違う映画だった。 ラブストーリーじゃない。学歴と階級の話だった。


第1章 あらすじはどうでもいい

スラム出身のジャマールがクイズ番組『ミリオネア』のインド版で勝ち上がる話。
無学の彼が次々と正解するから、警察に「不正だろ」って疑われて、取り調べ受ける。そこで彼は、なぜその問題に答えられたかを、自分の人生で説明していく。これだけ。
普通に観ると、貧しい少年が億万長者になって、初恋と再会するシンデレラ。でもね、よく観るとぜんぜんシンデレラじゃない。 けっこう厳しい、教育と階級の映画。

第2章 ジャマールが正解できた、ガチの理由

彼は天才でも幸運でもない。問題の答えを、人生のひとつひとつのシーンと引き換えに、買ってきただけ。
彼が正解した問題、思い出してみる。

「1973年のヒット映画“鎖”の主演俳優は?」アミターブ・バッチャン。 子どもの頃、サイン欲しくて便槽に飛び込んだから、知ってる。
「リボルバーを発明したのは?」サミュエル・コルト。少年時代に兄サリームがそれで人撃ったから、知ってる。
「“クリシュナ神の歌”を書いた有名な詩人は?」→ 子どもを誘拐して目潰して物乞いに仕立てる組織にいたとき、目を潰された別の子がその歌歌ってたから、知ってる。

つまりジャマール、1ルピーも払わずに教育受けた人間として、これらの答えを「タダで知ってる」わけじゃない。ひとつひとつの答えに、血と汚物と暴力で代金払ってる。
普通の意味での「学んだ」じゃなくて、「殴られて覚えた」のほうが近い。

第3章 答えられなかった、もうひとつの問題

映画の中で印象的な問題ある。
「インドの国章には3頭の獅子の姿が。その下に書かれた言葉は?
答えは「Satyameva Jayate——真実のみが勝利する」。
ジャマール、これに答えられない。
なぜか?簡単。
彼は学校教育受けてない。そして彼の人生では、真実が勝利したのを、ほとんど見たことがない。
彼の周りで勝利するのはいつも、暴力、金、嘘。子どもを目潰しして物乞いに仕立てる男は儲かってた。マフィアの親玉は街を仕切ってた。警察は腐ってた。「真実が勝つ」は、教育受けた人間が教科書で覚えるお題目。 現場で殴られて生きてきた人間には、答えられない問題。
ここがこの映画のガチで皮肉な構造で、Satyameva Jayateに答えられなかった人間が、Satyameva Jayateをいちばん体現してる、っていうオチ。

第4章 警官の「うちの5歳の娘でも答えられる」

取り調べの警官が、こう吐く。「こんな問題、うちの5歳の娘でも答えられる」
これに対してジャマールが、警官に質問返す。「スラムの5歳の子なら誰でも知ってる質問、3つしましょうか?」
警官、答えられない。
教育って、知識を増やすことじゃないんよ。 「自分が答えられる側にいる」って思い込めるようになることなんよ。
警官のあのセリフが象徴してるのはまさにこれ。教育受けた人間は、「自分が答えられる側」だと無意識に思ってる。 そしてその思い込みは、ジャマールみたいなスラム出身者と話すまで、絶対に壊れない。
ぼくも公認会計士の勉強してた頃、「これは答えられる側の知識だ」って思いながら勉強してた。それは間違いじゃないんだけど、傲慢ではあった。

第5章 会計士の世界の、買える答えと買えない答え

ここから完全に身内の話。会計士の世界には、はっきり二種類の答えがある。
ひとつは、「買える答え」
テキスト、予備校、受験料、模試、専門書。お金と時間払えば、誰でもたどり着ける。会計基準、税法、監査基準、IFRS。これがないと土俵に上がれない。資格はここで決まる。
もうひとつは、「買えない答え」
・この社長は何を本当に隠したがってる?
・この決算数字のどこに違和感ある?
買えない答えは、現場で殴られないと身につかない。ジャマールが便槽に飛び込んでサイン手に入れたのと、たぶん同じ。
何十社も担当して、何回も期末で胃壊して、何回もクライアントに怒鳴られて、ようやく身につく。
ぼくは40代になって、若い会計士に対して「買えない答えのほうが大事だよ」って言いたくなる衝動を抑えてる。
言うと老害になる。あと、買える答えを軽視させたら、彼らの試験勉強の努力を否定することになる。
本当に強いのは、買える答えを全部買い切ったうえで、買えない答えも現場で身につけた人。
どっちかしかない人は、必ずどこかで頭打ちになる。

第6章 兄サリーム——買えない答えを、弟に渡し続けた人

ジャマールが「人生で買った答え」を集められたのは、半分は兄サリームのおかげ。
拳銃を撃ったのも、マフィアと取引したのも、兄。ジャマールはその隣で「答えを学ぶ」役を引き受けてただけ。
兄は最後、自分の命で弟の答えを完成させる。札束敷き詰めた浴槽で死ぬあのシーン、ぼくは観るたびに兄の話だなと思う。ジャマールが純粋でいられたのは、サリームが汚れ役を全部引き受けたから。
監査チームでも同じ。表に立つパートナーが綺麗な答えを出せるのは、現場で泥かぶり続けるシニアスタッフやマネジャーがいるから。
「サリーム的な人」は、どの組織にも必ずいる。たいてい、表彰されない。

第7章 結論——買える答えだけじゃ、もう勝てない

買える答えだけで、勝てる勝負はだんだん減っていくんよ。
40代になって思うのはこれ。
20代のぼくは買える答えを必死で集めた。資格、試験、本、セミナー。これは正しかった。
30代のぼくはそれを武器に戦った。これも正しかった。
40代になって、買える答えだけで戦える試合が、だんだん減ってきた。新人とAIに、買える答えはだんだん追いつかれてる。
ぼくが今やれるのは、「現場で殴られた数」しか持ってない種類の判断を、できるだけ若手に渡していくこと。

おわりに

この映画、最初に観たときは「インドの貧困を映したラブストーリー」としか思わなかった。40代で観ると、「知識と階級の話」になってる。
同じフィルムが、観る側の年齢で勝手にテーマを変える。 良い映画の証拠だと思う。
もし若手の会計士やコンサルがこの映画を未見だったら、勧めたい。ラブストーリーだと思って、軽く観に来てほしい。
観終わったあと、専門書の開き方が、少しだけ変わるかもしれない。

それでは、また。

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