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売れているまま、自分から沈むことにした男の話 ──ミスチル『深海』と、絶頂期の処世術いろいろ

ぼくは音楽評論家じゃないので、話半分で聞いてほしいんですけど。
ミスチルの『深海』というアルバムが、なぜあんなに重たいのか、最近ずっと考えていて。結論から言うと、あれは「売れすぎた人間が、走りながら自分から沈んだ記録」なんですよね。
倒れて沈んだんじゃなくて、走ったまま、自分でハンドル切って沈んだ。これがエグい。


売れすぎると、人は潜るか、隠れるか、ふざけるか、終わらせるか、しかない

1996年のミスチルって、もう完全に「日本」だったんです。『Tomorrow never knows』『everybody goes』『es』『シーソーゲーム』『名もなき詩』、出すシングル全部ミリオン。前作アルバム『Atomic Heart』は343万枚。街中でミスチルが流れ、桜井和寿が呟いた言葉が時代の代弁とか言われちゃう。
これ、たぶん地獄です。
冷静に考えてください。自分が風呂で適当に思いついたメロディに、知らんおじさんが「これが平成だ」とか言って涙ぐむ世界線。気持ち悪すぎる。
しかも1995年、桜井和寿は不倫報道で大バッシングを食らっている。「抱かれたい男ランキング」5位の男が、世間に石を投げられている。アイドル視されることを本人はずっと嫌がっていたのに、落ちる時はアイドルとして落とされる。 理不尽な構造です。
で、その状態で作ったのが『深海』なんですよ。
ここで一つ、めちゃくちゃ重要な事実があって。
『深海』には、直前の『Tomorrow never knows』も『es』も『シーソーゲーム』も入っていない。 全部ミリオン超えのキラーチューンを、「アルバムのテーマに合わない」という理由で全部外している。
普通やります?
やんない。やんないんですよ。だってアルバムって、シングルヒットを束ねて売る商売じゃないですか、基本。それを「テーマに合わないから」で全部外す。レコード会社の会議室、絶対殺気立ってたはずです。
そして外したシングル群は次作『BOLERO』(1997)にまとめて入れる。つまり「売れる曲だけのアルバム」と「自分が今本当に作りたいアルバム」を、二枚に分けてリリースしたわけです。発想がもう常軌を逸している。
制作中、桜井は「死にたい」と発言していたと記録されている。発売前のインタビューでは「深海が売れなかったら大衆のせい」と言い切り、発売後に売れたことを聞かれても「音楽の力だけでは売上につながらないから」と突き放した。
つまりこの人、売れている真っ最中に、売れている自分を全力で殺しに行っている。
ぼくはこれを「潜るタイプの乗り越え方」と呼んでいます。倒れたから潜ったんじゃない。倒れる前に、自分から潜った。これは美学です。


スピッツは、空に逃げた

同じ時期、スピッツも完全に同じ問題を抱えていました。
『ロビンソン』『チェリー』があれだけ売れて、世間が勝手に「爽やか青春バンド」のラベルを貼ってくる。本人たちからすれば「いや俺らそんなんじゃないんだけど?」という気持ちのはずです。
で、草野マサムネが何をやったかというと。
ポップスの皮を被ったまま、中身を性と死と消失願望でパンパンに詰めたんですよね。 『ロビンソン』なんて、まともに歌詞読むと駆け落ちか心中なんですけど、99%の人類は爽やかな恋の歌として受け取ってる。
これ、確信犯です。 インタビューで「メッセージ性は出したくない」って何度も言ってる。
つまりスピッツは、「分かるやつだけ分かれ」というスタンスで、世間と共犯関係を作ったわけです。表ではニコニコしながら、裏で毒を盛る。優しい顔で「ルララ宇宙の風に乗る」とか言いながら、内心「お前ら何にも分かってないけどまあいいか」と思ってる。たぶん。
ミスチルが「自分から潜って沈む」なら、スピッツは「空に逃げて、見えないところで遊ぶ」。
両方とも、絶頂期の自分を殺す方法ではあるんです。やり方が違うだけで。


サザンは、そもそも人格を持っていなかった

ここで急に話の構造をぶっ壊しに来るのがサザンです。
桑田佳祐って、よく考えるとデビューが1978年『勝手にシンドバッド』なんですよ。「胸さわぎの腰つき」って意味、わかります?わからないですよね。ぼくもわからない。本人もたぶんわからない。
つまりこの人、最初から言葉に意味を込めていない。
桜井和寿が「時代の代弁者」と祭り上げられて潰れかけたのは、桜井が「意味のある言葉を書こうとしていたから」なんです。意味があるから、背負わされる。 桑田佳祐は最初から空っぽにしてあるので、誰も何も乗せられない。乗せようとしても滑り落ちる。
天才の処世術って、こういうところに出るんですよね。
サザンが何回も絶頂期を迎えてその度に生き残ってきたのは、そもそも「本当の桑田佳祐」みたいなものを誰にも掴ませない設計だからなんです。『TSUNAMI』を歌う桑田と『マンピーのG★SPOT』を歌う桑田が同一人物だと思ってる時点で、もう罠にハマってる。あれ別人格ですよ。本人の中でも別人格。
ミスチルもスピッツも、「本当の自分」と「世間に求められる自分」のズレに苦しんだ。サザンは、そもそも「本当の自分」を提示していないから、ズレようがない。
これ、再現できないやり方なんです。桑田佳祐個人の異常な才能に全依存しているので。教科書にならない。だからサザンは「現象」として語られて、「方法論」としては継承されない。


ブランキーとミッシェルは、終わらせることにした

で、ここまでの三バンドが「どう続けるか」を考えていたのに対して、「続けないことにする」という解を出したのがブランキー・ジェット・シティとthee michelle gun elephantでした。
ブランキー1991年〜2000年、ミッシェル1991年〜2003年。両方とも10年ちょっとで畳んでる。
これって冷静に考えると、すごい判断なんですよ。だって売れてるんですよ? 売れてるバンドが、売れてる最中に「もういいや」って終わる。普通やらない。普通は「ここから二十年食えるな」って思うものです。
でも彼らは終わらせた。
たぶんですけど、「ロックンロールは賞味期限のある食べ物だ」ということを、彼らだけが正しく理解していたんだと思います。ミスチルやサザンが「ロックを成熟させる」道を選んだのに対して、ブランキーとミッシェルは「ロックは成熟しちゃダメだろ」と思っていた。鋭いまま腐る前に冷凍する。
ぼくはこのやり方、めちゃくちゃ好きで。
なんていうか、「絶頂期を乗り越える」という問題設定そのものを拒否しているんですよね。「乗り越えるんじゃなくて、乗り越えるべき山ごとなくす」みたいな。発想がパンクなんです。中身もパンクですけど、生き方もパンク。


で、これ全部の裏に小林武史というおじさんがいた

ここまでミスチル、スピッツ、サザン、ブランキー、ミッシェルと並べてきましたけど。
実はミスチルとサザン、両方の現場に出入りしていたおじさんが一人いて。それが小林武史です。
このおじさん、何者かというと、90年代後半のJ-POPの音の半分くらいを一人で設計していた人です。
ミスチル、My Little Lover、桑田佳祐ソロ、KAN、Salyu、Bank Band、ap bank fes。1995年〜2005年あたりのオリコン上位、小林武史絡みじゃない曲を探すほうが難しい時期があったレベル。
音の特徴を雑に言うと、
ピアノ起点でコードを差し替えまくる(歌謡曲のアレンジャーみたいなことをロックバンドでやる)。ストリングスをAメロから敷く(普通はサビからなのに)。ボーカルが常にちょっと水に浸かってる(リバーブの湿度がすごい)。アルバムをSEで繋いで「映画」にする。
『深海』の水中感、あれぜんぶ小林さんの仕業です。 海に飛び込むSEから始まって、深海に沈んで、最後にまた浮き上がってくる。あの構造を設計したのは小林武史。桜井が「死にたい」と言いながら持ってきた曲を、「これは映画にしましょう」と言って映画にした男です。たぶん。
つまりミスチルというバンドは、桜井和寿+小林武史で一つの作家ユニットなんですよね。バンドサウンドというよりは、桜井の歌を素材にした小林の音響作品。
これ、ファンには怒られるかもしれないんですけど、たぶん事実です。
ちなみに桜井さん、この後の活動休止を経て出した『DISCOVERY』『Q』では、小林武史プロデュースから距離を取っている。「プロデュースされること」自体に違和感を持ち始めていたらしい。これも面白い話で、桜井は『深海』で世間から距離を取り、その次に自分の音を作っていた相棒からも距離を取った。徹底して全部から離れに行く人なんです。


ここまでの話を一行でまとめると

「人は売れすぎると、潜るか、隠れるか、ふざけるか、終わらせるか、しかない」
ということです。
ぼくは別にバンドマンじゃないんですけど、これって人生全般に効く話だと思っていて。
なんかうまくいき始めて、周りが勝手に「あなたはこういう人ですよね」って決めてくる時期、誰にでもあるじゃないですか。あれ放っておくと、自分がその「決められた自分」に乗っ取られる。

•        ミスチルは走ったまま自分から沈んで、自分を取り戻した。
•        スピッツはニコニコしながら裏で別人をやることにした。
•        サザンは最初から自分を提示しないことで掴ませなかった。
•        ブランキーとミッシェルは、その役割ごと終わらせた。

どれが正解とかじゃなくて、「どれかをやらないと、人は世間に殺される」という話なんです。
逃げる方法って、たぶんこの四つしかない。
潜る、隠れる、ふざける、終わらせる。
あなたはどれをやりますか。

おわり

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