カンヌ2026 Entertainmentグランプリは、なんでadidasはOasisの"スポンサー"でなく"バンドの一員"になったんだろう
広告を見ると「なんで、こうなってる?」が止まらない。
その引っかかりを、勝手に分解していくメモのようなもの。
カンヌライオンズ2026 | Entertainment部門 グランプリ
ORIGINAL FOREVER/adidas/制作:Johannes Leonardo(ニューヨーク)
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https://lbbonline.com/news/adidas-original-johannes-leonardo-oasis
どんな広告か
カンヌライオンズ2026、Entertainment部門のグランプリ「ORIGINAL FOREVER」。adidas Originals(制作Johannes Leonardo)。題材は、16年ぶりに再結成したOasisのLive '25ツアーだ。再結成は、世界中のブランドが群がる超注目の機会だった。その中でadidasがやったのは、"スポンサー"になることではなかった。
adidasは、ツアーそのものの一部になった。Live '25の公式ルック(史上初の公式ツアーグッズ)を作り、名曲「Live Forever」に乗せた映像でリアム&ノエル・ギャラガーを16年ぶりに画面上で再会させ、Channel 4で全国放映。その映像は41公演の開演ビジュアルとして流れた。マンチェスターには巨大壁画、ソウルからメルボルン、東京、サンパウロまで、旗艦店には行列。結果、adidasは「Oasisといえば」の#1ブランドになった。
最初に見たとき、引っかかったのはそこだった。これ、広告なのに、ブランドが"広告主"でなく、まるでバンドのメンバーみたいに振る舞っている。
普通、こういう大型カルチャーの機会には、ブランドは"スポンサー"として名前を出す。なのにadidasは、ツアーの中に入って一部になった。なんで、スポンサーでなくバンドの一員になったんだろう。だから分解してみる。
なんで?
まず、adidasとOasisの関係を確認する。英国で、この2つは誰もが知る文化的な歴史を共有している。ギャラガー兄弟のGazelle、Samba、トラックスーツ、バケットハット――それは正式な提携のずっと前から、adidasをバンドの一部にしていた。
ここで「再結成に乗じて、派手なキャンペーンを打つか」と考えそうになる。でも、それだと落とし穴がある。注目が最高潮の瞬間ほど、多くのブランドが群がる。そこで名乗りを上げるほど、"便乗"に見える。"今っぽさを買う"広告は、ファンに一瞬で見透かされる。
adidasがやったのは、その逆だ。関連性を"作る"のでなく、"既にある関連性を、新鮮に表現"した。再結成で多くのブランドが群がる中、adidasだけがファンからの「許可」を持っていた。それは何十年ものファンの記憶と視覚文化で検証済みの、本物の資格だ。だからadidasは、外から名前を貼る"スポンサー"でなく、ツアーの中に入って"一部"になれた。
ここで気づく。adidasは、便乗が殺到する瞬間に、唯一"もともと属している"という本物の資格を使い、スポンサーでなくバンドの一員として、文化の"中に入った"んだ。隣に立つのでなく、中に入る。
ゴール
本丸は、adidas Originalsの文化的リーダーシップを伸ばし、より広いライフスタイル層に届くこと。
ただ、もう一段奥がある。単発の話題は、すぐ消える。だから本当の狙いは、ノスタルジックなファンと若い世代を同時に繋ぎ、「このブランドは本物の文化の一部だ」という地位を固めることだと思う。スニーカーの機能でなく、文化への帰属で選ばれる存在へ。ここが隠れたゴールだと思う。
課題(ここが一番大事)
adidasが抱えていた根本のつらさは、「再結成という最高の注目機会に、多くのブランドが群がる。その中で、便乗に見えずに、どう本物として参加するか」ということにある。
乗るほど、薄っぺらい便乗に見える。かといって乗らねば、またとない機会を逃す。
だから今回の本当のお題は、こう言い換えられる。
文化的な瞬間に、便乗でなく、どうやって"もともと属している本物"として中に入るか。
これは「どう目立つか」より、「自分はそこに、本当に属しているか」の問題だ。整理すると、これはEntertainmentに見えて、中身は「既にある本物の関係を、スポンサーでなく"体験の一部"として表現できるか」という話だとわかる。
アイデア(誰に・何を・どう)
誰に。Oasisと90s文化を愛するファン、そして若い世代。
何を。一言でいうと「"スポンサーの広告"、でなく、"バンドの一員としての参加(ルック・映像・体験)"」。広告を、参加にすり替えている。
どう。効いてる手が自分の見たかぎり4つある。今回はEntertainmentの視点で見る。
スポンサーでなく、"バンドの一員"として振る舞った。「Three Stripesのバンド」。史上初の公式ツアーグッズを、汎用コラボでなく、バンドの遺産(スタイルコード)から作る。外から貼るのでなく、中から作っている。ここが、一番の肝。
本物の資格(ファンの許可)だけを武器にした。何十年ものファンの記憶で検証済みの関係。"今っぽさを買う"のでなく、既にある本物を新鮮に出す。だから便乗に見えない。
広告でなく、エンタメそのものになった。「Live Forever」の映像が、41公演の開演ビジュアルとして流れる=ショーの一部。Channel 4で、音楽のメガリリースのように世界初放映した。広告枠でなく、体験の中に置いている。
着れる・並べる・体験できる形にした。世界各地の旗艦店の行列、マンチェスターの壁画。ファンが見るだけでなく、"住める"参加にしている。
もう一つ、これは自分の感覚のメモ。この企画が本当に触っている気持ちって、「adidasかっこいい」じゃなくて、「自分が愛してきたバンドと、自分が履いてきたスニーカーが、ずっと地続きだった」という、ファンの腑に落ちる納得なんじゃないかと思う。新しく作られた関係でなく、ずっとあった関係だから、信じられる。
効果
得られた効果は多層だ。まず、本物の資格で中に入ったことによる、圧倒的な文化的浸透=adidasが「Oasis連想」の#1ブランドに、13億のグローバルPRインプレッション、@adidasuk史上最多シェアの投稿。次に、実利=UKの計画在庫100%完売、世界各地で85%超の完売。そして新規顧客=購入者の33%がadidas初購入(うち28%がZ世代)、18-34歳の65%がadidasをより検討。
判断の分かれ目になりそうなのは、この設計が本物の資格に依存していること。adidasにはOasisとのDNAがあったから成立したのであって、再現性は低い(資格のないブランドが同じことをすれば、ただの便乗で終わる)。さらに、ノスタルジー依存ゆえ、バンドや文脈と完全に一致していないと、一気に安っぽくなる。この手が効くのは、その関係が本物のファンの記憶に裏打ちされているときだけだ。本当の鍵は、参加の派手さそのものより、"既に属している本物か"のほうにある。
ひとことで言うと
「文化的な瞬間に便乗せず、唯一持っていた本物の資格(ファンの許可)で、スポンサーでなくバンドの一員として、体験の中に入った。」
所感
大きな文化的瞬間には、ブランドが群がる。乗るほど、便乗に見える。
adidasは"今っぽさを買う"のをやめ、何十年もファンに認められてきた本物の関係だけを、スポンサーでなくバンドの一員として表現した。隣に立つのでなく、中に入った。
便乗が殺到する瞬間こそ、"もともと属しているか"が全てを分ける。← 今回の学び。
広告デコン、カンヌ2026の受賞作はマガジンにまとめてます。
→ https://note.com/ad_planner_memo/m/m329267aa1950
