見出し画像

【金のテトラポッド登って】1話 移虫は夜の波止場に蠢く

【あらすじ】

――金のテトラポッドを目指せ

 フナムシの姉弟、チロとスーは『金のテトラポッド』を崇める波止場へ辿り着いた。
 老いた雄の山田さんが管理する潮溜まりで、二匹は用心棒として暮らすことに。

 だが、その巣では、子を宿した雌たちが『聖なる登攀』と呼ばれる儀式へ送り出されていた。
 生きるために戦う姉弟、掟に諾々と従う群れ。

 浅瀬に囁く聖歌の中、小さき虫たちは何を信じるのか。



 防波堤に煌めく金のテトラポッド。
 聖なる登攀を終えると、子孫繁栄と極楽浄土。

 波が叩きつける夜の波止場。

 二匹のフナムシがせかせかと駆ける。
 よく動く足は十四本、触角は二本。

 右の触角に赤いリボンを巻いた雌のチロは尾肢を振り上げ、後ろの雄へぶつけた。
「遅い遅い遅い遅い! 早くして早くしてッ! どんくさスー!」

 雄のスーは走りながら、叩かれた大きな眼を触角でさわさわと労った。
 スーの甲羅には、一本筋の傷跡。
「姉ちゃん、急かすなよ……別にカモメは夜にいないしさ……それに……」

 スーは「んげェ」と口から、節くれだった黒い突起物を吐き出し、三本の足で摘んでみせた。

「俺たちには『牙がある』だろ?」

 チロは触角でバシンと『牙』を叩き、スーの口へ押し戻した。

「あがっ!」

「バカバカスー! 『牙』はしまっときなさい! 使うのもったいないわ! 鰓が乾く前に早く行くのよ、早く」

 チロは右の触角で、向かう先――テトラポッドの群れを示した。

「『金のテトラポッド』へ。早くしなさい!」

 チロはそれだけを言うと、スーを置いてせかせかせかと向かって人工物の群へ駆けて行った。

「暴力反対! あっ早いよ、待ってよー」
 スーの声は、波止場を叩く高波に消えた。

 月と灯台の光だけが波止場を照らす中、二匹はテトラポッドの群れに着いた。

 チロとスーは鰓から息を吐き出し、テトラポッドの上に立ち止まり、周りを見渡した。

 ダパン、ザザー、と波が打っては消える。

「で、姉ちゃんどこだっけか?」
 スーは複眼をキョロキョロとさせる。
 見渡す限り、灰色の山々。

「母さんは『山田さんの所』って言ってたわね……あ、多分アレね」
 チロは、右の触角をテトラポッドの下側――海と砂地の境界線へ向けた。

「あ、光ってる。あれか」
 スーが複眼を向けた先には、小さな銀の光。

 光の元は銀バッチ付きの潰れかけた赤い半球。

 その近くには、
 数々の光り物が着いた黒くて長い棒、
 美味しそうな骨、
 沢山の同胞。

 同胞達は、海亀の卵のように集まって甲羅をこちらに向けていた。

「あー、ご飯あるじゃんご飯」
 スーは骨を見て、大顎をカチャカチャと忙しなく動かした。

「いきなり食べるバカが何処にいるのよ、バカスー! まずは《《山田さん》》に挨拶ね」
 チロはそう言って、近くにいたフナムシの背中を触角で軽く叩いた。

「こんばんはー! すみません山田さんに会いたいです!」

 叩かれたフナムシは、ゆっくりと頭部を上げるとジロジロと複眼で舐めるように見た。
 
「……よそ者。しかも雌か……ほぉ」
 その年老いた雌フナムシは鰓から息を吐き捨てた後、再び頭部を下げた。

「雌だからって何よ! その触角へし折るわよ?」
「ちょっと、姉ちゃん」
 チロが尾肢で岩を叩き、スーは触覚で彼女を抑えた。

 彼女は触角を震わせ、少し後ずさった。

「なんとか言いなさいよ! 無礼な態度を取ったのはそっちだからね! バカスー放せ! このバカ雌をぶっ飛ばさないと私は生きていけないわ!」

「辞めなよねーちゃん! この戦闘狂が! もー!」

 二匹の声が伝播し、俯いていたフナムシ達が複眼や触角をこちらに向けてきた。

 すると――
「……移住希望者かね?」
 カサカサ、と歩く音のような声がした。

 群れの真ん中から、少し黄色がかった大きな雄フナムシが出てきた。

 殻はテラテラと光っている。

「雌は歓迎だよ。雌は」
 彼は複眼をチロ、スー、と順に向けた。

「雄は……まぁ、君なら歓迎かな」

 群れから「……金……登攀」「……卵……卵」と呟きが聞こえてきた。

「あなたが山田さんね。よろしくお願いします!」
「私はチロ、こっちのでかいのはスー。東の青灯台の下から来たわ」
「ちなみに、先祖はここの産まれよ」
 チロは一気に捲し立てながら頭部を下げ、スーは静かに下げた。

「はははは……早くて聞き取れなかったけど……君たちは移虫だね? テトラポッドはまだ空いている。歓迎するよ」
 
 山田さんはそう言うと、触角で石を掴み、銀バッチにぶつけた。
 群れは一斉に視線を向ける。

「諸君、新しい仲間だ。祈りを止めて歓迎しよう」

「まずは……食事かな?」

 山田さんはそう言って触角を三回回した。すると、若いフナムシ達が骨のかけらを持ってきてくれた。

「食べてくれ。幸運なことに肉もまだ付いているぞ」
「いただきまーす!」
 チロはすぐさま骨にかぶりついた。

「あ、ありがとうございます。でも、こんなご馳走、いいんですか?」
 スーは山田さんに問いかけた。

「もちろんだ。登攀にも、登攀のお供にも……何事も体力は必要だからね」
 山田さんは灯台を見つめた。

「登攀?」
 スーはかけらの一つを齧り、頭部を傾げた。

「そう登攀……聖なる儀式さ」

 ダパン、ザザー、と波の音。
 間隙にカモメの声が聞こえた。

 フナムシの全てがカモメの声のする方へ振り向いた。

「え? ……なんで夜に?」
 チロは触角を震わせ、小さな声で問いかけた。

 それには、誰も答えなかった。


▼2話(フナムシは進むしかない)


いいなと思ったら応援しよう!