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Inner Drift :太陽は照らす場所を選ばない


最近、自分の名前にも使われている1文字から、
太陽について考えることがあります。

太陽は照らす場所を選びません。

その光を心地よく感じる人もいます。
暑すぎると感じる人もいます。

植物を育てることもあれば、乾燥を招くこともあります。

けれど太陽は、その評価によって在り方を変えません。

ただそこにあります。



昔の私は、人の期待や評価を必要以上に背負っていました。

SNSの反応。
人からの期待。
良く思われたいという気持ち。
理解されたいという気持ち。

もちろん今でも全く気にならないわけではありません。
ただ、以前よりもずっと楽になりました。

その理由を考えてみると、自分の感覚を信じられるようになったからなのだと思います。



ここ数年、育種の中で少しずつオリジナルのハイブリッドが生まれてきました。

それまでは、どこかに答えがありました。

有名な親株。
海外の評価。
市場の人気。
先人たちの実績。

参考にできるものがたくさんあります。

しかし、オリジナルの育種は少し違います。
誰も答えを持っていません。

その組み合わせが成功なのか失敗なのか。
将来価値を持つのか持たないのか。

現時点では誰にもわかりません。

だから最後は、
「自分はこれを良いと思うか」
しか残りません。



植物を育てていると、自分でコントロールできることと、できないことがあります。

親株を選ぶことはできます。
交配を考えることもできます。
環境を整えることもできます。

ですが、どんな表現が現れるのかまでは決められません。

自然には自然の領域があります。
人との関係も少し似ているのかもしれません。
どれだけ誠実に伝えても、受け取り方までは決められません。

同じ言葉でも励ましになることもあれば、そうでないこともあります。
それは相手が悪いわけでも、自分が悪いわけでもありません。

ただ、そういうものなのだと思います。



万人に愛されたい。誰からも否定されたくない。
昔はそんな理想を持っていました。

けれど今は、それが現実的ではないことも理解しています。

万人に愛されることを目指すより、
自分の感覚を磨き、自分の考えで選び、
自分の責任で進む方が健全なのではないかと思うようになりました。



私は、植物を通じて「自分で考えること」の面白さを知りました。

有名だから良い。
人気だから良い。
高価だから良い。

それも一つの価値です。

ですが、本当に面白いのはその先です。

自分は何に惹かれるのか。
なぜその植物を美しいと感じるのか。

誰かの評価ではなく、自分の感覚で考えてみる。
その積み重ねが、自分だけの審美眼を作っていくのだと思います。



太陽は照らす場所を選びません。
だからこそ、その光をどう受け取るかはそれぞれです。

植物も人も同じです。

誰かの答えを探すことも大切ですが、
ときには自分の感覚を信じてみてください。

案外、その感覚こそが、
自分だけの世界を広げてくれるのかもしれません。


acupom

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