育種家は、何を未来へ残すのか。
「なぜ、この価格なんですか?」
植物を販売していると、これまで何度もいただいてきた質問です。
もちろん、その疑問は自然なことだと思います。
でも、僕はその質問に「何年育てたから」「何株播種したから」「設備にこれだけお金がかかるから」と答えたいとは思いません。
それらは事実ではありますが、本質ではないからです。
もし価格を説明するだけなら、それは原価や労力の話で終わってしまいます。
僕が本当に伝えたいのは、その先にある「育種とは何か」という話です。
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植物を販売することは、育種家にとってゴールではありません。
むしろ、新しい挑戦の始まりです。
一つの交配から何百、何千という実生を育て、その中から本当に残す価値がある個体を選び抜く。
その一株が生まれた瞬間に、「完成した」とは思いません。
「この特徴を次の世代へ繋いだらどうなるだろう。」
「この形質を別の系統と組み合わせたら、まだ見たことのない表現が生まれるかもしれない。」
そんなことばかり考えています。
育種は、一つの作品を完成させる仕事ではありません。
一つの作品から、さらに次の作品へ繋いでいく仕事です。
だから育種には終わりがありません。
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よく、「利益を出すこと」と「良いものを作ること」は対立するように語られます。
でも、僕はそうは考えていません。
もちろん家族を養うことは大切です。
これは仕事をする以上、当たり前の責任です。
けれど、その先にある利益は、過去の努力に対するご褒美ではありません。
未来への投資です。
次の播種をするための種。
栽培環境を改善するための設備。
育種に集中できる時間。
一緒に未来を作るスタッフ。
そのすべてが、次の世代の植物へと姿を変えていきます。
売上とは、過去を回収するためのものではなく、未来を育てるための燃料だと思っています。
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もし利益だけを考えるなら、もっと効率の良い方法はいくらでもあります。
人気のある交配だけを繰り返し作ることもできます。
流行している植物を輸入して販売することもできます。
価格を下げて、一時的に販売数を増やすこともできるでしょう。
あるいは、Anthuriumだけにこだわる必要すらありません。
もっと利益率の高い植物や市場へ移ることもできます。
でも、僕はその道を選びません。
理由はとても単純です。
僕が見たいものは、「まだ誰も見たことのないAnthurium」だからです。
その景色は、効率だけを追い求めても辿り着けません。
時間が必要です。
失敗も必要です。
大量の母集団も必要です。
そして、「売れそうだから」ではなく、「見てみたいから」という好奇心が必要です。
育種の原動力は、市場ではなく好奇心だと思っています。
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価格を下げることについても、同じ考えです。
短期的に見れば、販売数は増えるかもしれません。
売上も伸びるかもしれません。
でも、その先に何が残るでしょうか。
次の播種が減るかもしれない。
設備への投資を諦めるかもしれない。
人を雇えず、自分が育種に使える時間が減るかもしれない。
その結果として、本来生まれるはずだった一つの品種が、この世界に存在しなかったことになるかもしれません。
本当に守りたいのは、一株の価格ではありません。
未来の植物が生まれ続ける環境です。
だから僕は価格競争には参加しません。
高く売りたいからではありません。
育種という挑戦を止めたくないからです。
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僕が心から尊敬している育種家がいます。
Tim Andersonです。
彼はすでにこの世にはいません。
それでも今なお、世界中の育種家が彼の残した品種を使い、新しい交配を続けています。
彼の育種は終わっていません。
彼が残した遺伝子は、今も新しい可能性を生み続けています。
その姿を知ったとき、僕は思いました。
育種家が本当に残すべきものは、一時的な人気でも、一年の売上でもない。
未来の育種家が、その先へ進むための「起点」なのだと。
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僕は、一人で育種を完成させられるとは思っていません。
植物の可能性は、人の一生より遥かに長いからです。
きっと僕が生きている間にも、見ることができない表現は数え切れないほどあるでしょう。
だからこそ、自分が見られなかった未来を、次の世代へ託したい。
その未来の育種家が、
「この品種の先を見てみたい。」
そう思えるような植物を残したい。
その人がまた交配をして、さらに次の誰かへ繋いでいく。
その積み重ねが、文化になるのだと思っています。
歴史を動かすものは、一人の天才ではありません。
志を受け継ぎ、少しずつ積み重ねていく人たちです。
育種もきっと同じです。
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「いつまで育種を続けるんですか。」
そう聞かれたら、今はこう答えます。
死ぬまでです。
口が動く限り、指示を出せる限り、続けたいと思っています。
ただ、一つだけ例外があります。
もし、自分よりも遥かに優れた育種家が現れ、「もう自分が追いかけるより、この人たちが未来を作っていく方が面白い」と心から思えたなら、その時は迷わず託します。
育種の主役は、僕ではありません。
未来です。
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だから僕は、植物を販売しています。
生活のためでもあります。
家族を守るためでもあります。
でも、それだけではありません。
その先にある次の播種のために。
次の交配のために。
次の挑戦のために。
そして、まだ誰も見たことのない一株を、この世界に残すために。
僕が本当に残したいのは、acu’s forestという名前ではありません。
今はまだ存在しない、一つのオリジナル品種です。
その品種が、10年後、20年後、誰か別の育種家の手によって新しい未来へ繋がっていく。
もしそんな景色を見ることができるなら、それ以上に幸せなことはありません。
育種家の仕事は、今ある植物を届けることではない。
まだ誰も見たことのない植物を、未来へ残すこと。
僕は、そのために今日も植物を育てています。
acupom
