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大人になって気づいた。私が“普通じゃなかった”話。

子どもの頃の私は、自分が「みんなと同じ世界」を見ていると思っていた。
呼吸を消す遊びも、粒の色を変える遊びも、透明人間の世界線を想像するのも、
きっと誰だってやっているものだと信じていた。

でも、大人になって気づいた。
あれ、私……もしかして普通じゃなかったのかもしれない。



本文

子どもの頃の私は、自分の“感覚の世界”が特別だなんて思っていなかった。

布団の中で粒の色を変えて遊んだり、
黒板の奥の奥を覗き込んだり、
呼吸を気にしないようにする訓練をしたり。
透明人間になった世界線を想像して、
そこにある感情までリアルに感じたり。

どれも全部、みんな同じようにやっているんだと思っていた。

でも、誰かに話してみると、
「え?そんなこと考えたことないよ」
という反応が返ってくる。

そのたびに、
「私の説明が下手なんだ」と思っていた。
自分が変なんて、これっぽっちも思わなかった。

ただ“伝わらないこと”だけを、不思議に思っていた。



大人になって、ようやく気づいた。

——私の“普通”は、みんなの普通じゃなかったんだ。

それを知ったとき、驚きより先に、
少しだけ寂しさがあった。

あの頃の私は、
みんなと同じ輪の中で笑いたくて、
鏡の前で笑い方を練習したり、
驚き方や相槌のタイミングを研究したりしていた。

“自然に見える私”を作るために、
ずっと必死だった。



でもね、最近になってようやく思えるようになった。

私が見ていた世界って、
実は少し、美しくて、不思議で、ユニークだったのかもしれない。

粒の世界も、呼吸の遊びも、
黒板の奥への視点も、
透明人間の妄想も——
全部、私だけが持っていた“ちいさな宇宙”。

みんなに伝わらなかったからこそ、
誰にも奪われなかった世界。



昔の私へ。

あなたが悩んでいた“伝わらない感覚”は、
悪いものじゃなかったよ。

むしろ、とても大切な感性だった。

あなたが見ていたその不思議な世界を、
今の私はようやく、言葉にして守ることができている。

普通じゃなかったことは、
悲しむことじゃない。

それは、自分の輪郭を知るための旅だったんだよ。



あとがき

子どもの頃の“当たり前”が、
大人になると“当たり前じゃなかった”と気づくことがある。

その瞬間って、
寂しさと同時に、
「自分の中には誰も知らない世界があったんだ」と思える
小さな救いみたいなものがある。

誰にも伝わらなかった感覚や、
誰にも説明できなかった世界が、
もしかしたら自分の大切な部分だったのかもしれない。

そんなふうに思えるようになった日の記録です。


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