警鐘を響かせる?ただ見つめる?
ドキュメンタリー映画
「小学校〜それは小さな社会〜The Making of a Japanese」を観てきた。
あ〜、ぐわんぐわんしてる。
感動しているってこと。なんだか深いところが揺れている感じ。
「日本の公立小学校」を題材にしているというと、
日本が抱えている問題をあぶり出すような表現を想像するかもしれない。
でもこの映画は違う。
警鐘の音は響いてこない。
2021年コロナ禍の1年生と6年生にフォーカスしていて
子ども達と先生達の揺らぎや葛藤もストレートに伝わってくる。
何に感動したって、
目の前の出来事を掬いとって、
より「そのまま」を映し出してくれている
この映画の眼差しに愛を感じた。
監督・編集は山崎エマさん
お会いすることがあれば、この丁寧なお仕事に感謝を伝えたい。
大学のジャーナリズムの講義で、森達也さんがゲストで来てくださり
オウムの内部に入って密着取材したドキュメンタリー映画、
「A」を観た時のことを思い出した。
映画を見ていると監督が、オウムの「そのまま」を捉えようとするが
特に後半でそこに揺らぎで出てくるのが、カメラの視点から伝わってきた。
ドキュメンタリー映画は現実の映像が故、事実であることに疑いは生まれにくい。
でも、ドキュメンタリーはその監督の眼差しや揺らぎが
大きく影響するということを「A」は教えてくれた。
なので、今日観た映画の視点がとても伸びやかで、
足元ぶれずに目の前を映し続けてくれたことに、
まずはドキュメンタリー映画としての凄さを感じずにはいられなかった。
プロパガンダやわかりやすく警鐘を鳴らすタイプの映画は
受け取る側の反応も一方向に流れやすいけれども、
この映画の反応や感想は、見る人の数だけそれぞれにあるだろうな〜。
映画に余計な意図がないから、より「ナマ」の状態。
勝手に受け取る側の響くところにズーンと入ってくるエネルギーがある。
今の私はどこに一番響いたかな〜
1年生の先生の「制限と自由の平均台の上にいるようです。」
という言葉が印象的だった。
これは公立に限らず、大日向小学校に通っている長女からも
学校での「自由と責任」の話はよく出る。
この揺らぎの時代、どこにいても、感じ方がそれぞれあるにしろ
「平均台の上にいる」という感覚はあるのかもしれない。
何が正解か迷いながらも、日々子ども達と向き合う先生達。
小さな社会でいろんな事を感じている子ども達。
すごいな
人間同士が揺れながら、形成したり成長していく社会がそこにある。
そんな揺れる社会でビヨーンビヨーン振り子を健康的に揺らすなら、
家での「静」であったり「無」が、
バランス的に益々大事になってくるんだろうな〜。
自分の支点をぐいっと力んで捉えられるというよりも、
とぷーんとお風呂に浸かる感じかな。
私も子ども達とこの時代の揺れを存分に楽しんでいくためも、
やっぱりグラウンディングだなと思ったのでした。
