心の周波数が合わない彼女と、PTAを「解散」させた1年間のこと。
来年もPTA続投……?
活動は続けたくても、一緒にやる人がなぁ……
今年度、小学校のPTA会長として活動した。
物事の処理スピードが遅く、人の感情を考えすぎて疲れる私にとっては、ちょっとした挑戦だった。
ただ、昨年度の役員さんが以下の大幅な改革をしてくれた。
・委員を廃止し、自ら手を挙げるボランティア制へ
・自治体のPTA連合会脱退
・役員は共同代表制にし、3〜5名の構成
・役員決めのくじを廃止し、立候補で募る
そんな改革を書記という立場にいながらほぼひとりで発案し、昨年度の役員メンバーや全保護者を巻き込みながら遂行したスゴイ方がいた。
吉田秋子さん(仮名)。
彼女の第三子が私の第二子と同級生で、こども園時代から顔見知りではあったのだが、
「長橋さん、改革後のPTA、やってくれませんか?」
そう声をかけられ、いろいろ説明を受けた。
「それならできるかも」と敷居が下がり、メンバー集めに奔走した。
吉田さんは正社員の在宅ワーカーで、
「仕事の合間の息抜きにPTAの活動をしている」と豪語していたので、今年度も書記兼WEB関連の業務で続投をお願いしてみたところ、承諾してくれた。
しかし、彼女の仕事のスピードの速さや連絡頻度の多さに、この1年、私は信じられないほど疲弊することとなる。
朝5時台からグループLINEにファイルと数件のメッセージは当たり前。
みんななかなか忙しいので、既読スルーや未読の状態が続くこともある。すると個別のLINEが届く。
「反応してくれてるの、長橋さんだけですね」
「あ、今日は日曜だし、出かけてる人もいるだろうからさ」
(え……送ってからまだ2時間半しか経ってないのにそんな……)
仕事の速さには感謝しつつ、他の人にもスピードを求めるのはしんどいなぁ、と思った。
また、業務については全員で共有したいので、個別の連絡ではなくグループLINEで送ってほしいのだが、吉田さんは私にだけ送ってくることが多かった。
レスポンスが遅かったり、活動にほぼ参加できていなかったりするメンバーがいるのは否めないが、それでも役員メンバー全員同時に共有してほしいというのが私の思いだった。誰かから意見が出れば、確認や修正が二度手間になることもある。
ただ、吉田さんは、「長橋さんのOK取れてからみんなに事後報告でいいです」というスタイルを崩さない。
そのほうが楽だし、実際速く進むこともあるけれど、他のメンバーが「自分らは蚊帳の外」と感じ、やる気を失い、結果的に吉田さんと私の首を絞めることにもなるのではという懸念があった。
実際、改革によって担当者不在の業務が発生し、それを互いに押し付けあうような場面もあった。最終的に私がやることになったのだが、創作大賞2025の締切前だったので、やるせなさが残った。
また、みんなで確認した資料に教頭先生から修正依頼があった旨を伝えると、
「細かっ! そんなところ誰も読みませんって」と修正を渋ったり、
他の人が誰かに褒められていると急に不機嫌になったりということが続き、彼女との関わりが次第に気重になっていく。
時々彼女は、私のことを「チコちゃん」と呼んだ。
娘さんが「知子」という字を読み間違えたとのことで、そのエピソードは微笑ましかったが、名前やあだ名で呼び合ったりすれば境界線を踏み越えられ、彼女に利用されるような気がしたので、私は「吉田さん」という呼び名をかたくなに変えなかった。
「彼女とは友達にはなれん……しんどい」
あぁもう限界かも、と感じたのは、ここ1、2ヶ月。
次年度の役員を決める段階になった頃のことだった。
役員を募るも、立候補者ゼロ。
もしも立候補者が1人でもいれば、その方の裏方に回って、続投するのもアリという共通認識が、吉田さんと私にはあった。
しかし誰一人名乗り出なかった。
そこで、緊急アンケートを実施した。
PTA会員に対し、PTA存続の是非を問うものだった。
7割の保護者が「くじを引くくらいなら、PTAの解散に賛成」を選んだ。
「ここまで頑張って負担の軽くなったPTAをアピールして、楽しいイベントも開催して宣伝してきたのに」
吉田さんは憤っていた。
アンケート結果報告に「立候補者0」と太字で書き、「存続を希望しない意見が7割にも上ったため、PTAを解散しボランティア組織へただちに移行します。反対される方は、立候補とみなしますので、お名前の記入をお願いします」
文書からトゲを抜く余裕まで彼女は失っていた。
彼女のなかに、「PTAを解散し、任意のボランティア組織を作る」という構想が前からあったようだったが、現体制への賛同者がいないことへの失望は想像以上だったようだ。
私だってもちろん立候補者ゼロにはガッカリした。
でも仕方ない。
それに、解散に不安を感じ「役員はできないけど、できることがあれば」といったメッセージとともに連絡先を書いてくれた保護者が6名もいた。その方々の声をなかったかのようにすれば、ボランティア制への移行に反感を抱く人が出る気がした。
「少しだけ文章、さわっていいですか?」と断りを入れ、可能な限りマイルドに、次の活動につながるような前向きな表現を考えた。
そうこうしているうちに、2月初旬に発熱し、私はインフルエンザを発症してしまう。
メンバーに連絡を入れたが、寝込んでいる間も彼女からの個別LINEは止まなかった。
「資料作り直したんでチェックしてください!」
「熱はまだあるんですか? 病院行きました?」
そっとしといてくれ。
心の周波数が違うんだよ。
もう早く今年度終わって、彼女から解放されたい!
「既読」にしないように注意して読み、インフルエンザがこのまま治らなければいいのに、と願った。
それから、PTAを解散しボランティア制への移行を遂行するため、吉田さんと連絡を取り合う日々が再開。
ウンザリしながらも、タスクを一つずつこなしているうちに、不安が減り、期待が高まり、じわじわと達成感が押し寄せてくるのを感じていた。
ずっと思っていたけど。
吉田さんは既成の枠を壊し、新しい枠組みを作るスピードがとにかく速い。
爆速の突破力。
彼女の才能だと思った。
彼女がいなければ、どうなっていただろう。
そのことにただ感謝が湧き、本人にそう伝えた。
私は作られた枠のなかで自由にやることしかできなくて、吉田さんの考案したものを校長先生や教頭先生、PTA会員へ共有する際に、表現を調整することくらいしかできない。
あぁ、ということは。
その温度調整力が、私の才能なのか。
彼女と私の特技の合わせ技で、今年度乗り切ったってことか。
吉田さんだけじゃなく、自分への感謝まで湧いてきた。
そのとき、ふと思った。
彼女の性格もう無理! と思いながらずっと過ごしていたけれど、性格じゃなくて、能力なのか。
そう思い始めると、それは「気づき」となって私のなかに落ちてきた。
人の心を気にせずに、大胆に壊したり作ったりできるのは彼女の強み。
心の機微に気づけるのは私の強み。
そうか、適材適所ってことか。
できないことももちろんあるけど、できること、得意なことも絶対にある。お互いにそれを認め合えて、補い合えて、感謝し合えたら、最高じゃないか。
そうやって助け合って生きていきたいし、子どもたちにもそういう姿を見せたいと思った。
結局、新年度からのボランティアの取りまとめも引き続き二人でやることに。
吉田さんからのLINEは、相変わらずひっきりなしだ。
「大変でしたけど、楽しかったです。今年度私が腐らずにやれたのは、間違いなくチコちゃんのおかげです」
「私もあきりんのおかげで、ものすごくいい経験させてもらいましたわ」
嵐を抜けたような気分で、私はそう返した。
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