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『スモーク』嘘つくことに慣れた者が真実を話すとき

 この物語に登場するラシードは、ずっとじっと立つことができないように噓をまくしたてる。ラシードという名も本当の名前ではないのだ。十代とは不毛の地だ、とある伝説のロックンローラーは歌ったが、彼はもう二十歳は超えていたのか、いないのか。成長が著しく足りず、周りに迷惑をかけっぱなしだ。彼に昔のアクセラレイターを見たかどうかは秘密にさせてくれないか。
 ラシードは嘘つきな男なのだが、ここに登場するオーギーもルビーもその娘フェリシティも嘘をつく。ときに人のために、またある人は自分を守るために、または現実から逃げるために、または苦境から抜け出す手段として。
 そんな嘘つきたちを優しく温かく見守るポールをウィリアム・ハートが体現する。彼とオーギーとラシード、そしてフォレスト・ウィテカー演じるサイラス、ルビーとフェリシティの母娘がこの映画を構成する、迷える男と女だ。慌てることないので、あらすじを引用しよう。

ブルックリンの片隅で煙草屋を営むオーギーは10年以上にわたり、毎日同じ場所で同じ時刻に写真を撮影している。煙草屋の常連客である作家ポールは、数年前に妻を亡くして以来、スランプに陥っていた。ある日、ポールは路上で車にひかれそうになったところをラシードという少年に助けられ、彼を2晩ほど自宅に泊めてあげることに。

映画.comより

 原作者であり、脚本を担当したポール・オースターが名声ある小説家だとしても、一冊も私は読んだことがない。興味はあるし、原作を購入したのに、だ。私はロックンローラーで、読書は億劫なのだ。
 また、この映画のウェイン・ワンの演出は好きだが、特筆すべきものは感じないので、他作を観ていない。
 じゃあお前はこの映画を評するのに、この映画だけを材料にしてる?と問うか?いや、時代の産物として観てますとも。1990年代にティーネイジャーだった私は、この映画のストリートの空気を嗅いだ記憶があるのだ。そして、ハーヴェイ・カイテル、フォレスト・ウィテカーの偉大なる足あととしても、この作品は存在している。

 話を中央に寄せるが、私がこの映画に魅かれたのは、俳優たちの演技の交わり、そして、タバコ屋の建物や義肢など美術全般だ。
 そして、タバコに全く興味がない私も、煙草が繋げたリレーションシップというのはあるのだと思うくらい、煙草によって人々は関わっていく。禁煙警察の方たちは、社会悪と思ってるだろうが、煙草を好む人たちはつるんできたのである。

 では、彼の話をしよう。あらすじに書かれているように、決まった時刻と決まった場所の写真をカメラに収めるオーギーを演じるのは、マイヒーローの一人、ハーヴェイ・カイテル。この人の演技は凄いというより、愛おしいのだ。彼の微細な表情の動きと、大きな感情の起伏に観ていて感情移入しちゃうんだ。ハーヴェイ、今素敵なおじいちゃんとして、どんな毎日を過ごしてるの?Stay happy,Harvey!

オーギー・レンのクリスマス・ストーリー
ゆっくりと時は流れ、人は長くときに短く生き、死んでいく
フォレスト・ウィテカーは名演。そして、何とも言えないこの義肢。

 ラシードは真実を告げるときですら、それでも彼の心にももやもやが。まだ真っ直ぐになりきれていない。だが、彼は一歩進んで、また一歩二歩進んでは、また後ずさんでいく。私は高校生のとき以来に本作を観たが、随分腹が座ったし、真っ直ぐになった。って自分で言うなよって。元が酷すぎたんだって!

 ラストはある登場人物の素敵な嘘と本物のまごころで終わる。問題は何も解決していないが、美しいエピソードが用意されていた。

 そう、解決することが難しいから、人は苦しむのだ。彼が泣いている。彼女が泣いている。昔甲本ヒロトは肩を抱いてあげるしか、“君のため"にできることはないと歌ったが、十分じゃないか。素敵じゃないか。xxxよ、小さな娘よ、また抱っこさせてくれ。
 こんな時間になったが、仕事のことが頭の多くを占めている。今日あのおじいちゃんを叩き起こして、お風呂であったまってもらおう。あのおばあちゃんの言葉をひとつでも拾って、俺はあなたにまごころを返すよ。まごころというのが、私のランプにいつもありますように。いつもなんて無理だって?だから願うんだ。
 昨晩この映画を観て、朝寒さに凍えても、昨日は最高の一日になった。続いていく、翌日へと。今年も闘って、また笑って、また負けに甘んじず、舟を漕ぎ始めたのだった。

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