寒川瑛太選手(パース)インタビュー
今はその場、その場で自分のベストを尽くそうと思っているだけ
ABLの選手たちに交じると、まだまだ華奢な体格。しかし野球が好きなこと、野球に対して真摯に取り組む姿勢は、決して彼らに負けてはいない。1月2日、18歳の誕生日を迎えたばかりの寒川選手。日本からオーストラリアに移住して5年目となる昨年、オーストラリア国籍を取得した寒川選手の、将来への思いを聞いた。(トップ写真ⒸMike Bahr)

野球人生のスタートはオーストラリア
――寒川選手は小学6年のとき、日本からオーストラリアに移住してきたと聞きました。言葉の面は、結構大変ではなかったですか?
最初のころは英語も片言で、そんなにうまくなかったので、結構厳しい部分もあったんですか、もうだいぶ慣れてきました。家では日本語で話しているため、今は英語と日本語、半々くらいの感じです。
――野球に興味を持ったのは、いつごろでしたか?
実は僕、ブリスベンに3歳から5歳ぐらいまでいたことがあって、そこから一度日本に帰国したころ、祖父母野球をよく見ていたんです。そのときプロ野球中継を一緒に見ていて、興味が湧きました。
――どこかのチームや選手のファンになった?
祖父がもともとソフトバンクの大ファンで、ソフトバンクの試合を観ていたときに、柳田悠岐選手がサヨナラホームランか何かを打ったんです。とにかくスター性があって、「ああ、メッチャカッコいいな」と憧れ、自分も野球をしてみたいと思いました。
――そこで、野球チームへ?
僕の住んでいたところは、福岡の海沿いの小さな町だったんですが、近所に野球チームがなかったんです。小学校の友達も、みんな「野球したい」と言いながらソフトボールのチームに入っていたので、僕もみんなと一緒にソフトボールを始めました。
――どこのポジションでしたか?
ソフトボールのころは、ショートとセカンド。監督に「足が速いから」と言われて、センターも少し守りました。
――野球に転向したのはいつですか?
オーストラリアに来てからです。初日に近所のクラブチームを見つけて入団し、練習に行き始めました。そこからいろんな人と知り合って、U-16やU-18の州代表チームに選ばれたり、ローカルのクラブチームより少しレベルの高い「チャーター」(複数のクラブをまとめた、地域単位のリーグ組織)のチームでプレーしたりするようになりました。
――ポジションはソフトボールのころと同じですか?
はい、ずっとショートとセカンドです。
――オーストラリアで野球を始めて、今度はどんな選手、あるいはどんな場所を目指したいなと思いましたか?
こっちに来てすぐのころは、まだ日本のプロ野球をずっと見ていたこともあって、「将来の夢は?」と聞かれたら、「(日本の)プロ野球選手」と答えていました。でも小さいころは、そこまで明確な目標としては考えていなかったですね。ただただ野球が楽しくて、続けていたと思います。
――オーストラリアの少年野球は、コーチが投げ方、打ち方を細かく教えるんですか?
うちのチームは、技術的なことよりはみんなを集めて、楽しませて、という感じでしたね。年齢やレベルが上がっていくと、技術的なことも教わるようになります。僕はソフトボールのときに学んだことが、そのまま自分のプレーの基礎になりました。
――アンダーの代表やチャーターのチームに入るようになってからは、代表を狙いたいとか、自分の近い将来について何か考え方が変わりましたか?
僕の参加したチャーターのOBに、現パース・ヒートのアレックス・ホール選手、ジェス・ウイリアムス選手がいて、僕が13歳くらいのころ、ユニフォームを受け取るプレゼンテーションに来てくれたんです。そこで「わあ、パース・ヒートの選手ってすごいな」「自分もなれたらいいな」と思った記憶があります。でも実際、自分でも本気でそういう場を目指そうかなと思ったのはたぶん15、16歳ぐらい。結構、最近だったと思いますね。
――昨25年にオーストラリア国籍を取得し、U-18オーストラリア代表に選出されたそうですね。代表入りの話と、国籍の取得は、時系列としてはどちらが先だったのですか?
ほぼ同時ぐらいのタイミングでした。僕はこちらに来てから現地の学校だけで、日本語の補習校には通わなかったので、日本の勉強は全くしていなかったんです。だから進路もオーストラリアの大学か、アメリカで大学野球を目指すかの2択。それならもう日本に長期で帰ることもあまりないだろうから、国籍取得を申請しようと思っていたタイミングで、ちょうどU-18代表に入れるかも、という話が届きました。国籍さえ取れれば、オーストラリア代表に入れるチャンスがある。それならと思い、決断しました。
――寒川選手は18歳だから、体はまだまだ大きくなると思いますが、現時点ではどんなプレーヤーが理想形だと考えていますか? 例えばU-18代表の中でいうと?
攻撃面では、自分の長所である“足”を生かすこと。一、二番を打ち、バントも駆使して、足で点を稼ぐ。とにかく塁に出て、足でかき回すことだと思います。もちろんこれから、もっとパワーを付けていきたいんですが、現時点ではそういった足を武器にした攻撃がベストだと思います。守備ではやはりショート、セカンドなので、派手ではないけど堅実な守備をしたいです。
――そうした強みを生かして代表でプレーしたことが今季、パース・ヒート入りにつながったのですか?
直接ではないと思います。僕は昨季までパースの監督をしていたアンディ・カイルさんと、いつもずっと一緒にオフシーズンのトレーニングをしていたんです。おそらくこの半年間見てもらった結果、チームに入れてもいいんじゃないかということになったのではないかと思います。

ⒸMike Bahr
アメリカの大学でエンジニアの勉強と野球をしたい
――今はまだ、日本でいう高校生ですよね。
はい、日本なら高校2年生が終わったところで、もう1年学校が残っています。
――ABLと学校の両立は、どんなふうにしているのですか?
ちょうど学期末のテストが終わったあとにABLのシーズンが始まって、10週間のレギュラーシーズンが終わるタイミングでまた学校が始まります。だから、サマーホリデーの間だけABLに参加するような感じになっています。
――パース・ヒートでは、どういう部分が寒川選手に求められているのか。寒川選手のどんなところを買ってもらったと思っていますか?
今時点の実力では、チームの他の選手に比べたら、もう全然です。やはり将来を見据えて、今後のためにいろんなことを経験させようと、チームに入れてくれたのが大きいと思います。先日も代走で出場したので、足は結構評価してくれているのかなと感じています。
――もしパース・ヒートに入っていなかったら、今は地元のクラブチームで練習や試合をしていたところですよね。
そうですね。クラブチームで試合に出ながら、1月に行なわれるU-18の州代表チームの大会を目指して練習していたと思います。ただ、(パースに所属している今も)その大会の間はABLのロースターから外してもらって、大会に行くことにはなってはいます。
――パースに帯同していることは、非常にいい勉強にはなると思いますが、試合出場が少ないと、実戦感覚や試合勘の面が少し難しいですね。
それはやはり難しくて、(パースの)監督さんともよく話をしています。第5ラウンドでパースのシドニー遠征があったときには、ロースターから外してもらって、パースに残りました。というのも、僕はそのときしばらく試合に出ていなかったので、(U-18の)大会前に少しクラブチームのほうの試合を経験しておきたかったから。そこで監督さんにお願いしたところ、「瑛太がそうするべきだと思うのなら、残ってもいいよ」と理解してくれました。そうやってパースの監督さんや、U-18のコーチの方々とコミュニケーションを取りながら、決めていっています。
――寒川選手自身は、パースの練習やベンチにいるとき、試合に出たとき、どんなことを意識していますか? 試合勘を失わないこととか、いざグラウンドに出たときに自分の力をきちんと発揮できるようにするために。
正直なところ、ABLで試合に出ているときは結構緊張してしまっているので、試合勘がどうとか、自分のためにどうしたらいいかとか、あまり考えていないです。その場で自分のできるベストを尽くそうとしか思っていなくて、そんな難しいことは、考えられない状況です。まだちょっと慣れていなくて……。
――そんな中でも初安打(第3ラウンド対ブリスベン第3戦=11月29日)が出てよかったですね。ボールはもらいました?
はい、ありがとうございます。ボールももらいました。
――しかも第6ラウンドのブリスベン戦では、外野守備でジャンピング・キャッチの美技も披露しましたね。
ここでも基本はショート、セカンドで、ほとんどセカンドの練習をしています。あの試合は点差が開いたこともあって、監督に「瑛太、やってみたら」と言われて。外野を守ったのはあれが初めてだったので、メッチャ緊張しました(笑)。ほんと、外野の練習は全くしていなかったから、やばいかなと思ったんですが、たまたま捕れてラッキーでした。
――ABLでプレーして、寒川選手はこれから自分はどういうふうにしていこうとか、何を目指そうとか、またちょっと違うものが見えてきましたか?
やはりここにいる選手のほとんどは、アメリカの大学やプロでの野球経験があります。自分も高校生活はあと1年ですが、その次の年にはアメリカの大学に進学して、そこで勉強しながら野球をプレーしたいなという目標が、今はあります。
――大学では何を専攻したいですか?
エンジニアリングの勉強ができたらいいなと思っています。パースは鉱業が大きな産業で、エンジニアが重宝される地域。実際、パースのチームにもエンジニアをしている選手がいるんですよ。だから今は野球と勉強を頑張って、自分が納得できる大学に進みたいです。
――今後、日本とのかかわり方はどんなふうになってくると思いますか? 実際、オーストラリア人と日本人の要素は寒川選手の中で、どうなっていますか?
今、実際の国籍はオーストラリアなんですが、自分はまだ結構日本人という気がしています。家族も皆日本人ですし、見た目ももちろんそうだし。チャンスがあれば、日本で野球をやってみたいと思うこともあります。なんか、ヘンな感じですよね。かといってアメリカの大学に行ったら、アメリカで就職する可能性も0ではありません。そうなったら、本当に何人なんでしょうね。だから、そういうことはあまり気にしないようにしています。国籍が変わっても、日本に住む祖父母のところには年に一度は帰るし、家族とのかかわりは全然変わらない。オーストラリア国籍を取ったのは、ここで生きていくうえで、また代表チームに入るチャンスを得るうえでも必要だと判断したためであって、僕自身のアイデンティティは全く変わらないと思っています。

さむかわ・えいた◎2008年1月2日生まれ、福岡県出身。18歳。
174㌢74㌔。右投左打。背番号38。外野手(ABLでの登録)。
昨年9月に行われたU-18ワールドカップに、オーストラリア代表の内野手として出場。
8試合すべてにスタメン出場し、打数23、安打7、盗塁2、打率.304の成績。
ABLパースでは、今季3試合に出場、打数3、得点2、安打1、盗塁1、
打率.333を記録している(1月4日現在)
