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ジョージ・カリル選手(ブリスベン/オーストラリア代表)インタビュー

日本人選手たちの練習姿勢に学び、自分も成長できました


お母さんが日本人で、「ケンタ」のミドル・ネームを持つ。ABLではメルボルン時代にオリックス、キャンベラとブリスベンで横浜DeNAからの派遣選手とチームメイト。流ちょうな日本語で、言葉の橋渡しをしてくれた。そんなカリル選手がABL25/26シーズン終了後、念願のチーム・オーストラリアに選ばれた。代表選手の一員として来日したカリル選手に(日本語で)話を聞いた。(トップ画像:ⒸBaseball Australia)

25/26シーズン、ブリスベンで不動のレギュラー。
守備の要として、またここぞという時の一打で活躍
(ⒸBaseball Australia)

中川、益子といつも一緒だった

――カリル選手に前回インタビューさせていただいたのはABLの2023/24シーズン、メルボルンに所属していたときでした。24/25シーズンはキャンベラ、そして今季はブリスベンでプレー。ABLのシーズンオフは、どこでプレーしていたのですか?

 メルボルンのあとは、アメリカでプレーする予定だったのですが、ビザが間に合わなかったため、渡米できなくなってしまいました。そこで半年ほど、トレーニングをしながら野球以外の仕事をしていました。クラブチームにも所属せず、野球の試合出場は少しお休みしていた形です。

――メルボルンからキャンベラに移籍して、よかったことはなんでしたか?

(ABLで)初めてメルボルン以外のチームに行って、毎日ショートとして試合に出られたことが楽しく、いい経験になりました。

――カリル選手にとっては、ショートがベスト・ポジションなんですね。

そうです。僕はアメリカの大学や、独立リーグにいた間はずっとショートを守ってきたんですが、メルボルンでは出場機会も限られていたし、ショートで出ることができず、セカンドを守っていました。ショートを守るチャンスを求めてキャンベラに移籍したので、ずっとショートで試合に出られたことは本当によかったです。また、キャンベラの町が結構静かで落ち着いていて、その生活のペースも好きでした。

――キャンベラのあとは、またアメリカへ?

22、23年の2シーズンを過ごした(独立リーグ)エヴァンズビルというチームで、またプレーすることになりました。ところが6試合目にケガをしてしまって……。ボールを追いかけてフェンスにぶつかり、手を骨折してしまったんです。それで、その後のシーズンは棒に振りました。

――キャンベラ・キャバルリーが消滅するというニュースは、いつ耳にしましたか?

公式に発表があった、何週間か前に知りました。僕は(25/26シーズンも)キャンベラに戻るつもりだったんですが、なくなってしまった。そこで、前年キャンベラを率いていたジム・ベネットのブリスベン監督就任が決まって、「一緒に来ないか」と誘ってもらいました。

――ブリスベンのチームメイトや、ブリスベンという町はどうでしたか?

とても楽しかったです。天気も毎日よかったから。

――メルボルン→キャンベラ→ブリスベンと、だんだん暖かいところに行きましたね(笑)。

そうなんです。メルボルンは結構寒くて、キャンベラに行ったら割と暑くなって、ブリスベンは毎日いい天気だった。僕は暖かいところが好きなので、野球のほうにもいい影響があったと思います。

――ブリスベンでは、ショートで26試合、セカンドで10試合の先発出場になりました。

(オーストラリア代表の)ローガン・ウエイドがいたので、僕はセカンドで出場することもありました。途中、ローガンがケガで離脱していた間は、ショートで出場できました。でもWBCのチーム・オーストラリアに選ばれるために、複数のポジションでアピールしたかったので、セカンドでも試合に出られたことは嬉しかったです。

――今季のABLは、これまでの6チームから2チーム減で4チームでのリーグ戦に。同じ相手とばかり戦うのは、ちょっとつまらないというか、単調に感じませんでしたか?

つまらないってことはなかったですよ。ただしょっちゅう同じピッチャーと対戦していたので、メンタルの面、毎試合の集中のしかたなど、やはり6チームで戦うよりは少し難しかったですね。キャンベラやメルボルンに遠征で行く機会がなくなったのは残念でしたが、当初は「シーズンがなくなるかもしれない」とも言われていて、悲しかったから。4チームでもABLがあるだけでラッキーだと思いました。このWBCに向けてのいい練習にもなりました。

――今季、ホームランが過去最高の5本に増えたのは、何かバッティングを変えた面があったからですか?

ブリスベンの(本拠地)グラウンドは狭くて、どちらかというとバッター有利だから、それも良かったと思います。自分のバッティングに関しては、考え方が少し成長しました。ボールをしっかり見て芯でとらえることができたら、「ホームランを打ちたい」と思わなくても自ずとホームランになりました。

――ブリスベンでのシーズン中、一番印象に残っているのはどんなことですか?

ベイスターズの選手と毎日練習や試合をするのが、とても楽しかったです。中川颯と益子京右がアパートメントの隣の部屋に住んでいたから、いつも結構一緒にいました。

――キャンベラとブリスベンではベイスターズの選手だけでなく、視察に訪れたスタッフの皆さんともたくさん話ができたと思います。日本のプロチームの関係者と接して、何か感じたことはありますか?

キャンベラにいたときは、勝又温史とずっと一緒にいました。温史が毎日、練習を徹底しているのを見て、自分も同じような姿勢で練習に臨みたいと思いました。温史に限らず日本人選手の練習方法を見て、僕も刺激を受けて、より頑張るようになったと思います。ブリスベンでも益子、中川の練習をよく見ていました。益子とは、毎日一緒にバッティング練習をしていたんですよ。彼も毎日徹底、集中していて、どんなに疲れていても、練習を怠らない。僕も見習おうと思いました。日本人選手と一緒にプレーできて、本当に嬉しい。日本語も、野球のことも、とても勉強になります。

――それで、カリル選手のスキルもスタミナも上がりましたか?

はい、僕も疲れている日があっても、自分がやろうと思った練習をより徹底してできるようになりました。いい選手になるために必要なスタミナもスキルも、上がってきたと思います。

チーム・オーストラリアの一員として来日。
2月28日の横浜DeNAとの練習試合に出場したカリル選手
(ⒸBaseball Australia)

特別な場所、日本でプレーしたい

――カリル選手は、25/26ABLの「ベスト・ディフェンシブ・オブ・ザ・イヤー」に輝きました。守備で、一番大切にしていることはなんですか?

内野手には派手なプレーもありますが、やはり「当たり前の打球を捕って、確実にアウトを取る」ことが大切だと思います。ピッチャーがゴロを打たせたら、それはピッチャーがいい仕事をしたということ。次はそれをアウトにするのが、僕の仕事です。

――チーム・オーストラリアに入ることは、一つの目標でしたか?

もちろんそうです。僕は大学を卒業してから、アメリカの独立リーグでしかプレーしたことがないので、その後のプライオリティーはオーストラリア代表とWBC出場でした。それが叶って、しかも日本で試合ができて、本当に嬉しいです。

――今回のチーム・オーストラリアは、どんなチームだと思いますか?

それぞれの選手が自分の強みを持っていて、その力を合わせたときに、とても強くなれるチーム。(2月中旬からの)府中合宿に来ていなかった選手が合流したあと、チーム・ダイナミクス(チーム内の相互作用)を理解する必要があるけれども、今みんな一生懸命練習して、本戦で東京ドームに行くのをとても楽しみにしています。

――みんながそれぞれの強みを持っている中、カリル選手はどんな役割を期待されていますか?

僕は守備が一番の強み。だから出場のチャンスがあったら、守備でいい仕事をしなければいけないと思っています。もちろんバッティングも大切にしていますが、まずは練習から自分の強みである守備力をしっかり見せられるよう、意識しています。

――これからのカリル選手の野球人生プランは?

今は心から、日本にいたいと思っています。日本国内の独立リーグなどで、プレーできるチームを探しています。そこで頑張れば、NPBのチャンスもあるかもしれないから。僕は祖母が日本に住んでいることもあって、日本に来たのはこれで5回目。普段はオーストラリアに住んでいるけれども、日本も自分の“ホームランド”だと思っています。日本に来るたび“帰ってきた”感じがするというか、本当に特別な気持ちになるんです。

――ファンの皆さんもそれを感じてか、練習試合でもスタンドから大きな声援を送ってくれていましたね。

打席に立ったとき、たくさん応援してもらって、とても嬉しかったです。日本は僕にとって、本当にスペシャルな場所なんです。

Profile
George Kenta Callil◎1997年7月22日生まれ。
オーストラリア・メルボルン出身。195cm91kg。右投右打。内野手。
米サウスカロライナ大を卒業後、米独立リーグのスー・シティ、同エヴァンズビルでプレー。
ABLでは22/23、23/24メルボルン、24/25キャンベラに在籍。
25/26シーズンはブリスベンで37試合に出場し、打率.248、本塁打5、打点12。
26年WBCオーストラリア代表。

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