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躁鬱とLimerence:自己紹介3

前回、私の拒食症の原因となったいじめと“偶像”について書いた。彼女も同じ大学に通っていたが、拒食症が回復し始め、彼女からも解放されようとしていた頃、私は新たな病を発症していた。自分自身に偶像を作り、それに呪われるように囚われていたのだ。

私の自尊心の源は外見にある。今でもその多くの部分を占めている。特に細さ、特に脚の細さは、私にとって極めて重要な要素だった。これは、拒食症と深く結びついていると思う。以前にも書いたように、私はいじめられていた時、「私がデブスなせいで、私を愛してくれる人はかわいそうだ」という座右の銘を、いつも心の中に持っていた。そのせいで、私は男性と距離を置くようになった。

私は客観的に見て、美人というわけではない。しかし、決して醜いわけでもない。ただの普通の顔立ちだと思う。でも、私は自分をとても醜く感じていた。特に、太っている自分には生きる価値がないとさえ思えてしまい、好きな人すら作れなかった。

そんな私が、痩せた姿で大学に入学した時、「ようやく恋愛をしてもいい価値ができた」と思えた。実際、何人かの男性からアプローチを受け、条件付きの自己肯定感が上がった。やはり私は痩せているべきなのだと、強く思い込んでいった。

そんな中、教会で一人の年上の男性に出会った。彼は素敵な人だった。共通点も多く、自然と関心を持つようになった。ある日、何かの用事で連絡を取った際、彼が私をご飯に誘った。

自分から誘っても素敵なことなのに、相手が私に関心を持ってくれるなんて初めてのことで、まるで奇跡のように思えた。デブスな私には、こんなことはありえないと思った。

その瞬間、何かが始まるような、くすぐったい雰囲気を感じた。私は戸惑った。当時、私はすでに躁鬱の混合状態に入り始めていて、脳が正常に働いていなかった。だから、こんな風に思ってしまった。
「この人は、私が拒食症だから同情してご飯に誘ってくれたんだ。なんて優しい人なんだろう。私を太らせようとしてくれているんだ。」

勝手にシナリオを作り上げていき、彼こそが私の拒食症回復の鍵なのだと確信していた。そして、翌日も彼がご飯を誘ってくれた。躁鬱のせいか、私はさらに運命的な何かを感じていた。彼は私に関心があるのだと本能的に察知した。私は彼を“私の人”にしたかった。心から愛されたかった。
でも、私はわかっていた。体重39kgのガリガリの女を好む男性はそう多くない。だからこそ、彼が私の内面を好きでいてくれているのだと思い、それが嬉しかった。

しかし、私は怖かった。またあのいじめられた日々のように、ある日突然裏切られるのではないかと。だから私は防御するように、むしろ最初から弱みをさらけ出すことを決意した。彼を試したかった。彼が“運命の人”であると信じていたから。

そんな中、私の鬱がひどくなり始めた頃、彼からの連絡は続いていた。しかし、私は無視した。純粋な愛かどうかを確かめたくて、わざと冷たく接した部分もあった。でも単純に、鬱で心の余裕がなかっただけだった。
そして、何週間か経ち、躁が来た。すると私は急に彼が愛おしく思えてたまらなくなった。そこからの展開は急だった。私は彼に連絡をし、毎日8時間以上もやり取りをした(当時は学校が休みだった)。お互いに考えていることをすべて話した。

それから1ヶ月ほどして、ようやく初デートをした。しかし、私は躁状態だった。そして、彼に対する期待はエベレストのように膨れ上がっていた。私は自分の秘密、過去、そして不必要なことまで全部話した。そして、「いつ告白してくれるの?」という衝撃的な質問まで投げかけた。初デートとは思えないほど、境界を超えていった。でも、それが変だとは思わなかった。躁状態の私は、とにかく楽しかったからだ。

翌日もデートをした。でも、何かが引っかかっていた。なぜか不安になり、結局喧嘩になった。私がタブーに触れてしまったのだ。
「なんで乗り気じゃないの?」
デート中、彼はずっと乗り気ではなかった。当たり前だった。こんな私は、逃げるべき存在だった。でも、話が進み、彼が言った。
「君の変わった姿に驚いた。」
性格も、見た目も。
彼が何を言っているのか分からなかった。本来なら性格の部分を気にすべきなのに、拒食症を彼のために、彼のおかげで回復した私からすると、この言葉に混乱した。
彼は極端に細い女性を好んでいたのだ。
その瞬間、私は心の壁が崩れる音を聞いた。そして、私のファンタジーが現実ではなかったことを知った。
デートは最悪の形で終わった。関係も終わったと思った。
しかし、その夜、彼から電話があった。そして仲直りをした。その瞬間、私は彼に執着するようになった。細い体型への渇望が再び生まれ、彼に認められるために生きたいと思った。

そして、付き合い始めた。しかし、違和感がずっとあった。彼は“好き”だと表現するのに、一度も告白はしなかった。体の関係ばかりだった。愛と恐怖が共存していた。
彼が一度だけ「好き」と言ったのは、私の細い体を抱きしめながらだった。
「なんでそんなに細いの?好き。」

私は病んでいった。彼が友達の前で見せる姿と、私の前で見せる姿は違いすぎた。私は価値がないのだと思い始めた。そして、ある日彼はこう言った。
「君のことが好きかどうかわからない。」
私は、また「愛される価値がない」と思った。とても不公平だと思った。私はこんなに愛して、すべてを尽くしたのに。執着が鬱陶しかったのかもしれないが、私はその分、彼の性の処理をしていた。

自分が何をしているのかわからなかった。そして、私が別れを告げた。彼は驚いた。彼は「私が飽きるまで待つつもりだった」と言った。
別れた。でも、私はまだ好きだった。だから、翌日も彼に会った。そしたら、性被害に遭った。

もう心がボロボロだった。
「私は何をしていたんだろう?」 「どうして私の愛する人は、私を愛してくれないんだろう?」
疑問でいっぱいだった。

その後、過食、OD、自傷行為を繰り返し、休学した。
そして気づいた。これは愛ではなかった。ただ、私は彼を理想化し、自分を測る“外部の承認”の道具にしていただけだったのだと。
この曖昧な感情は、Limerence という。
次はこれについて綴ろうと思う。

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