古米とインディカ米と「理想の社会」について考える
「チャーハンを作るなら、客の少ない米屋を探せ」
「チャーハンを作るなら、客の少ない米屋を探せ」という、中国料理界の巨匠・劉 飯炒の言葉がある。要するに「チャーハンを作るなら、古いお米を使ったほうがいいよ」ということだ。
「古米でチャーハンを作るなんて常識だよ」と言われるかもしれないが、まあ、ぼくにとっては世紀の大発見なので、ぜひ聞いていただきたい。
「古米でチャーハンを作ると美味しい」というのは紛れもない事実である。なんなら我が家では、新米とは別に古米を用意しておいて、チャーハン用に炊いて使っている。
古米、つまり収穫してから1〜2年以上経ったお米は、新米と比べると匂いが悪くなったり、固くなったり、日本のお米特有の粘り気がなくなったりする。
日本人が好む「美味しいお米」とは、みずみずしくて粘り気があり、ふっくらしたもの、というイメージがある。むろん、私もそう思う。夕食の準備をしていて、ご飯がふっくら炊けていると、それだけで嬉しくなる。
が、これがチャーハンを作る際にはかえってジャマになる。
粘り気がある分、チャーハンの美味しさであるパラッとした食感になりにくく、お米一粒一粒に味をまとわせるのが難しい。ご飯が塊のまま残ってしまい、ベチャッとした食感になってしまうことも多い。
一方、古米を使うとその心配はかなり減る。白米として食べる際には、この粘り気のなさがちょっと・・・となるのだが、チャーハンの場合はそれがかえって長所になる。お米自体に水分が少ないので、ベチャッとした出来上がりにもなりにくい。
つまり、そんなに難しい技術を駆使しなくても勝手にパラパラになってくれるので、チャーハン作りの腕が上がったような気にすらなる。
そして古米を白米で食べようと思った時に気になる、あの独特な匂い。これがチャーハンにすると油でマスキングされるからなのか、びっくりするくらい気にならなくなる。
だから、古米でチャーハンを作ることは、理に適っているのである。
もし、ご自宅に味の落ちた古米があるとしたら。または、ちょっと前に「コメが手に入らない」なんて騒動があったが、ああいった事態がまた起こったならば。
ぜひ、チャーハンを作ってみることをおすすめする。きっと「あれ?おいしいじゃないか」とビックリするはずである。
インディカ米の気持ちも考えてみろ
ところで、ぼくは1993年に起こった「平成の米騒動」を未だに覚えている。この年は米が大不作だったらしく、お店から米が姿を消すという事態になった。
で、政府としては苦肉の策として海外から米を緊急輸入することになった。その時に話題になったのが「インディカ米」、当時「タイ米」と呼ばれたものだった。
インディカ米(タイ米)はいわゆる長粒種で、細長い形状で粘り気がなく、サラサラしている。
このタイ米が、当時は大不評を買った。「パサパサしていておいしくない」とか「何かお米っぽくない匂いがする」とか、まあとにかく不評だったのを覚えている。
もちろん、文句を言っていた人たちの気持ちはわかる。自分がいつも食べているお米と、ぜんぜん違うものが「米です」と言って売られていたのだから、そりゃびっくりもするだろうし、文句の一つも言いたくなるだろう。
が、インディカ米としては知ったこっちゃない話である。インディカ米はピラフやチャーハンにするとおいしいし、タイを始めとする東南アジア系のちょっとオイリーなおかずと合わせると、爆発的な美味しさを発揮する。
しかもインディカ米は通常、日本の米を炊くようには調理せず、鍋で茹でて、水はすべて捨てて仕上げたりする。そんなお米を、日本の炊飯器で炊いて「マズイ」と言われても・・・という感じだろう。
当時のぼくは「いや、インディカ米の気にもなってみろやい」と思ったのである。「米が足りない」と言われて急きょ日本に連れてこられ、馴染みのない環境(炊飯器)に叩き込まれた上に、自分の良さが生かされない方法で調理され、挙句の果てには「マズイ」と言われる。たまったものではない。
こういうことが、世の中では起きているのだろう、とぼくは思う。
インディカ米にはインディカ米の美味しい料理方法があるように、人間一人ひとりにもきっと、その人に合った「調理法」があるはずなのだ。それなのに「会社」という炊飯器(隠喩です)に詰め込まれ、自分の良さを発揮できずに「使えない」という烙印を押される。
「たまったものじゃない」と思っている人が、世の中にはたくさんいるんだろうな、と思う。
古米を「おいしくない」と切り捨てるのではなくて、チャーハンにしてその良さを十二分に発揮してもらう。インディカ米を炊飯器で炊いて「マズイ」と文句を言うのではなくて、おいしい調理法を学んで、インディカ米に合うおかずと組み合わせる。
ぼくは、そういう人でありたいと思うし、できるならば、人間にとってもそういう社会であればいいなと願っている。
ちなみに・・・冒頭に挙げた「チャーハンを作るなら、客の少ない米屋を探せ」という、中国料理界の巨匠・劉 飯炒の言葉。
これはもちろん、大嘘である。
そんな言葉は聞いたことがないし、中国料理界の巨匠・劉 飯炒などという人物も存在しない。私が勝手に言っているだけである。
まあ、チャーハンの話をしているのに「劉 飯炒」などという名前の時点で、何となくウソくさいなとは思っていた方が多いとは思うのだが、念のため。
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いつもありがとうございます。