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「3%です」と言われてもピンとこないあなたへ:リプカス先生のリスク伝達教室

1.健康診断の数字、ちゃんと読めていますか?

健康診断の結果って、なんだか成績表みたいですよね。

「血圧」「血糖値」「コレステロール」「BMI」……。

並んでいる数字たちは、みんな真面目な顔をしてこちらを見ています。こちらとしては「いや、そんなにじっと見ないでください」と言いたくなるのですが、数字たちは無言です。しかも、たまに赤い文字で強めに主張してきます。

「要注意」

この三文字、なかなかパンチがあります。
健康診断の紙の上に、急に小さな裁判官が現れたような気分になります。

でも、ここで不思議なことがあります。

たとえば、お医者さんや保健師さんから「あなたのリスクは3%です」と言われたとします。さて、どう感じるでしょうか。

「3%? 低いじゃないですか。ほぼセーフですね」と思う人もいれば、「えっ、100人いたら3人? その3人に入ったらどうしよう」と感じる人もいます。さらに、「そもそも3%って、生活の中でどれくらいの危なさなんですか?」と、数字の森で迷子になる人もいるでしょう。

同じ3%なのに、人によって受け取り方がぜんぜん違うのです。数字は同じ顔をしているのに、見る人の心の中では、豆粒サイズになったり、巨大な怪獣になったりします。数字というものは、案外おとなしいふりをした変身名人なのです。

健康に関する数字は、私たちの生活にたくさん出てきます。

「がんになるリスク」
「再発する可能性」
「薬の副作用の割合」
「検査で見つかる確率」
「運動すると病気のリスクが何%下がる」

こうした情報は、正しく理解できれば、自分の体を守るための道しるべになります。けれど、よくわからないまま受け取ると、不安ばかりが大きくなったり、逆に「まあ大丈夫でしょ」と軽く見すぎたりしてしまいます。

つまり、健康リスクの数字は、ただ出せばいいというものではありません。数字は料理でいえば素材です。大根をそのまま机に置かれても「で、どう食べれば?」となるように、数字もそのまま渡されると、受け取る側は困ってしまうことがあります。切り方、味つけ、盛りつけが大事なのです。

そこで登場するのが、アイザック・M・リプカスです。

リプカスさんは、健康に関するリスクを、人にどう伝えればわかりやすくなるのかを研究してきた人物です。難しい数字を、ただの数字のまま放り投げるのではなく、「どう表現すれば、相手がちゃんと意味をつかめるのか」「数字が苦手な人にも伝わるにはどうすればよいのか」「言葉や図を使うと理解は変わるのか」といったことを考えてきました。

いわば、リプカスさんは健康リスクの翻訳家です。

お医者さんや研究者の世界で使われる「3%」「リスク」「確率」といった数字の言葉を、私たちの日常の感覚に近づけてくれる人です。数字の国からやってきた少し無口な使者に、「この子はこういう意味ですよ」と通訳をつけてくれるような存在です。

この記事では、そんなリプカスさんの研究を通して、健康リスクの数字がなぜわかりにくいのか、そしてどう伝えれば人に届きやすくなるのかを見ていきます。

健康診断の数字を見て、紙の前で固まってしまったことがある方。
「3%です」と言われても、心の中で「で?」と小さな声が出たことがある方。
ようこそ、リプカス先生のリスク伝達教室へ。

ここでは、数字をこわがる必要はありません。
数字に、少しだけ日本語の服を着せてあげるだけです。

2. リプカスさんをひとことで言うと?

リプカスさんをひとことで言うなら、「健康リスクの翻訳家」です。

「翻訳家」といっても、英語を日本語に訳す人、という意味だけではありません。リプカスさんが訳しているのは、もっとやっかいな言葉です。

それは、数字の言葉です。

たとえば、健康診断や病院でこんなことを言われたとします。

「あなたのリスクは3%です」

……はい、出ました。
数字界の無口な貴族、3%さんです。

こちらとしては、「3%……で、私は喜べばいいんですか? 心配すればいいんですか? それとも帰りにラーメンを控えればいいんですか?」と聞きたくなります。けれど、数字は何も答えてくれません。3%は、ただ3%として、静かにそこに座っています。まるで会議室のすみで黙っている偉い人みたいです。

でも、人間の心は電卓ではありません。

「3%なら低いから大丈夫」と思う人もいます。
「100人中3人ってこと? その3人に入ったらどうしよう」と不安になる人もいます。
「そもそも3%って、どれくらいの重みなんですか」と、頭の中で小さな霧が発生する人もいます。

つまり、数字は正確でも、伝わり方は人によって変わるのです。

ここが、リプカスさんの研究のおもしろいところです。リプカスさんは、「健康に関するリスクを、どう表現すれば人にわかりやすく伝わるのか」を考えてきた研究者です。数字で伝えるのがよいのか、言葉で伝えるのがよいのか、図やイラストで見せたほうがよいのか。そうした“伝え方の料理法”を研究してきた人、と言ってもよいかもしれません。

たとえば、同じ内容でも、

「リスクは3%です」
「100人中3人くらいです」
「この図の中で色がついている3人くらいです」

と言われるのでは、受け取り方が変わりますよね。

最初の「3%です」は、数字がスーツを着て固い顔で立っている感じです。
「100人中3人」は、少しだけ人間の世界に降りてきた感じです。
図で見せてもらうと、「なるほど、そこにいるのね」と、ようやく目でつかめる感じがします。

リプカスさんは、まさにこの違いに注目しています。

健康情報は、ただ正しければよいわけではありません。もちろん正確さは大切です。でも、それだけでは足りないのです。相手が理解できなければ、その情報はガラスケースに入った説明書のようなものです。中身は立派でも、開けられない。読めない。使えない。

リプカスさんの研究は、そのガラスケースをそっと開ける仕事に近いです。

「数字が苦手な人にも伝わるには?」
「不安をあおりすぎず、でも軽く見られすぎない伝え方は?」
「言葉だけでなく、図や表を使うと理解はどう変わる?」
「人はリスクをどんなふうに受け止め、判断している?」

こうした問いを通して、健康リスクの伝え方を探っているのです。

だから、リプカスさんをひとことで言うなら、やっぱりこうです。

リプカスさんは、健康リスクという“数字の国の言葉”を、私たちの日常の言葉に訳してくれる研究者です。

数字だけでは、心に届かないことがあります。
でも、伝え方を少し変えるだけで、数字は急に親切になります。

無表情だった「3%」が、
「100人のうち3人くらいですよ」
「この図で見ると、ここにいる人たちです」
と、少しずつ話しかけてくれるようになる。

リプカスさんの研究は、そんなふうに、数字と人間のあいだに小さな橋をかける研究なのです。健康情報というまじめな世界に、わかりやすさという灯りをともす。そう考えると、リプカス先生、なかなか味のある案内人です。

3. 研究の中心テーマ①:リスクは「数字」だけでは伝わらない

健康リスクを伝えるとき、よく登場するのが「%」です。

「発症リスクは3%です」
「副作用が出る可能性は5%です」
「この生活習慣でリスクが20%下がります」

……出ました。
数字たちの行進です。みんな背筋を伸ばして、きちんと並んでいます。たしかに正確そうです。白衣を着た数字たちが、研究室の廊下をカツカツ歩いている感じがします。

でも、ここで問題です。

その数字、ちゃんと心に届いているでしょうか。

たとえば「3%です」と言われても、人によって受け取り方はかなり違います。

「3%? 低いですね。じゃあ大丈夫そうですね」と思う人もいます。
「100人中3人ってことでしょ? その3人に入ったらどうしよう」と心配になる人もいます。
「3%って、結局どれくらい気をつけたらいい数字なんですか?」と、頭の中で小さな会議が始まる人もいます。

同じ数字なのに、心の中ではまったく違う物語が生まれるのです。

数字は、正確です。
でも、数字は少し無口です。

「3%です」とだけ言われても、数字本人はそれ以上しゃべってくれません。「低めですけど、ゼロではありませんよ」とも言ってくれませんし、「日常生活ではこう考えるとよいですよ」とも教えてくれません。ただ、じっとこちらを見ています。無表情のまま、紙の上に座っています。

これが、健康リスクのむずかしさです。

健康に関するリスクは、数学のテストの答えではありません。人の不安、生活、家族、将来の選択に関わるものです。だから、数字だけをポンと渡されても、受け取る側は「これは軽いの? 重いの? 今日から何を変えればいいの?」と迷ってしまいます。

リプカスさんが注目したのは、まさにここです。

健康リスクは、ただ数字で伝えれば終わりではありません。数字をどう表現するかによって、理解のされ方が変わります。

たとえば、次の3つを比べてみましょう。

「リスクは3%です」
「100人のうち3人くらいです」
「100人の絵の中で、色がついている3人くらいです」

言っている内容は、ほとんど同じです。
でも、印象はけっこう違いますよね。

「3%です」は、ちょっと冷たい感じがします。数字が黒いスーツを着て、名刺だけ置いて帰ったような雰囲気です。

「100人のうち3人くらいです」と言われると、少し見えやすくなります。「なるほど、100人教室があって、その中の3人か」と、頭の中に人が並びます。

さらに、100人のアイコンのうち3人に色がついている図を見せられると、「ああ、このくらいか」と、目でつかめます。脳内で体育館を借りて100人を整列させる必要がなくなるわけです。ありがたい。頭の中の設営スタッフも、きっと拍手しています。

つまり、リスクは「数字」だけではなく、言葉や図とセットにすることで伝わりやすくなるのです。

これは、私たちの日常にもよくあります。

たとえば料理でも、「塩分量は1.2gです」と言われるより、「みそ汁1杯くらいの塩分です」と言われたほうが、なんとなくイメージしやすいですよね。天気予報でも、「降水確率30%です」と言われると迷いますが、「折りたたみ傘があると安心です」と言われると、急に行動に結びつきます。

健康リスクも同じです。

「数字として正しい」ことと、
「相手が意味を理解できる」ことは、
似ているようで別ものなのです。

ここを間違えると、せっかく大切な情報を伝えても、相手の心のポストに入りません。玄関前に置き配されたまま、雨にぬれてしまう説明書みたいになります。

リプカスさんの研究は、この「伝わらなさ」に光を当てます。

医療者や研究者にとっては当たり前の数字でも、受け取る人にとっては、急に現れた暗号のように見えることがあります。「3%」「相対リスク」「絶対リスク」「発症率」……。こうした言葉が並ぶと、心の中で小さな白旗が上がる人もいるでしょう。

だからこそ、リスクを伝える側には工夫が必要です。

「数字で言うならこうです」
「人数で言うとこのくらいです」
「図で見るとこうなります」
「日常生活では、こう考えるとわかりやすいです」

このように、数字に言葉を添え、図を添え、生活の感覚に近づけることで、リスクはやっと人の手に持てる大きさになります。

数字は大切です。
でも、数字だけでは、ちょっと不親切なことがあります。

数字は骨組み。
言葉は服。
図は地図。
文脈は天気予報です。

骨組みだけ渡されても、「これでどう歩けば?」となります。そこに服を着せ、地図を持たせ、今日の天気まで教えてもらって、ようやく人は「なるほど、ではこうしよう」と動き出せるのです。

リプカスさんの研究は、健康リスクの数字を、冷たい記号のまま終わらせません。人が理解し、納得し、自分の生活の中で考えられる形にしていく。そのための伝え方を探る研究です。

「3%です」

この短い一言の後ろには、本当はたくさんの説明が必要です。

それは高いのか、低いのか。
何と比べているのか。
自分にとってどれくらい関係があるのか。
何をすればリスクを減らせるのか。

数字は、入口にすぎません。

リプカスさんが教えてくれるのは、健康リスクの伝達とは、数字を見せることではなく、数字の意味まで一緒に手渡すことなのです。
3%という小さな数字にも、ちゃんと座布団を敷いて、説明のお茶を出してあげる。そうして初めて、数字は人の心の中で「使える情報」になっていくのです。

4. 研究の中心テーマ②:ヘルス・ニューメラシー

リプカスさんの研究を語るうえで、ぜひ出しておきたい言葉があります。

それが、ヘルス・ニューメラシーです。

……と言われても、いきなりカタカナの大きな魚がぬっと出てきた感じがしますよね。

「ヘルス」は健康。
「ニューメラシー」は数字を理解して使う力。
つまり、ヘルス・ニューメラシーとは、ざっくり言えば健康や医療に関する数字を読み解く力のことです。

たとえば、病院や健康診断では、数字がたくさん登場します。

「血圧は上が135です」
「HbA1cが少し高めです」
「副作用の可能性は1%未満です」
「この検査で異常が見つかる確率は……」
「生活習慣を改善するとリスクが何%下がります」

もう、数字の文化祭です。
血圧さん、血糖値さん、コレステロールさん、確率さん、全員が屋台を出しています。こちらは焼きそばを買いに来たつもりなのに、急に「相対リスク」と「絶対リスク」のステージ発表まで始まる。情報量が多い。健康診断会場、なかなかのフェスです。

でも、ここで大事なのは、数字が出てくること自体が悪いわけではないということです。

数字は、とても大切です。
体の状態を知るための手がかりになります。
治療や予防を考えるための地図にもなります。
「なんとなく不調です」だけでは見えないものを、数字は静かに照らしてくれます。

ただし、問題はここです。

数字を見ても、その意味がわからないと、どう判断していいかわからない。

たとえば、「リスクが2倍になります」と聞くと、かなり怖く感じますよね。

「2倍!? それは大変だ!」
「もう今日から何も食べられない!」
「空気も慎重に吸ったほうがいいですか?」

と、心の中の警報ベルがカンカン鳴り出すかもしれません。

でも、もともとのリスクが1万人に1人だった場合、2倍になっても1万人に2人です。もちろん無視していいとは限りませんが、「2倍」という言葉だけで感じる怖さとは、少し印象が変わります。

逆に、「たった3%です」と言われても、その3%が重大な病気や大きな判断に関わるなら、軽く見すぎるのも危険です。

つまり、数字は単独で見ると、けっこう表情を間違えます。

「2倍」は大声で叫んでいるように見える。
「3%」は小声で遠慮しているように見える。
でも、実際の意味は、前後の文脈を見ないとわからないのです。

ここで必要になるのが、ヘルス・ニューメラシーです。

これは、ただ計算が得意という話ではありません。
暗算が速いとか、分数が好きとか、円周率をやたら覚えているとか、そういう数学オタク選手権ではありません。

ヘルス・ニューメラシーは、健康情報の中に出てくる数字を、自分の判断に使える形で理解する力です。

たとえば、

「このリスクは何人中何人くらいの話なのか」
「自分にとってどれくらい関係があるのか」
「比較している相手は誰なのか」
「リスクが下がるとは、どのくらい下がるのか」
「怖がるべき数字なのか、落ち着いて見ればよい数字なのか」

こうしたことを考える力です。

言ってみれば、ヘルス・ニューメラシーは**健康情報を読むための“数字のメガネ”**です。

メガネが合っていないと、数字はぼやけます。

「1%」も「10%」も、なんとなく似たように見える。
「リスクが半分」と聞いても、何がどう半分なのかわからない。
「100人中3人」と言われても、その3人が近く感じたり遠く感じたりする。

すると、必要以上に不安になったり、逆に大事な情報を見落としたりします。数字が悪者なのではありません。メガネの度数が合っていないだけなのです。

リプカスさんの研究の大事なところは、ここにあります。

「数字が苦手な人が悪い」と考えるのではなく、伝える側が、もっとわかりやすく工夫できるはずだと考えるところです。

これは、とてもやさしい視点です。

たとえば、病院で難しい説明を受けたとき、患者さんがわからなかったとしても、それは患者さんだけの責任ではありません。説明する側が、数字をどう見せるか、どんな言葉を添えるか、どんな図を使うかによって、理解のしやすさは大きく変わります。

「3%です」とだけ言うのではなく、
「100人いたら3人くらいです」と言う。
さらに、100人の絵の中で3人に色をつけて見せる。
「高い・低い」だけでなく、「何と比べてそうなのか」も説明する。

こうした工夫によって、数字はぐっと親切になります。

まるで、無愛想だった数字が、急に名札をつけて自己紹介してくれるようなものです。

「こんにちは、3%です。私は100人中3人くらいの意味です。ゼロではありませんが、全員に起こるわけでもありません。落ち着いて見てください」

ここまで言ってくれたら、こちらも少し安心して話を聞けますよね。

ヘルス・ニューメラシーは、現代を生きる私たちにとって、かなり大事な力です。なぜなら、健康情報は病院の中だけでなく、ニュース、ネット記事、SNS、広告、自治体のお知らせなど、あちこちから飛んでくるからです。

「リスクが上がる」
「発症率が下がる」
「予防効果がある」
「何%の人が改善」

こうした言葉が、毎日のように目に入ってきます。情報の雨が降る時代です。しかも、その雨の中には、ちゃんとした水もあれば、ちょっと濃すぎるジュースみたいな情報も混ざっています。

だからこそ、数字を読む力は、自分を守る傘になります。

でも、その傘は、最初から完璧でなくていいのです。
少しずつでいい。
「この数字は何人中何人の話かな?」
「比べている相手は誰かな?」
「この“何%アップ”は、もともとどれくらいの数字から増えたのかな?」
と立ち止まるだけでも、数字に振り回されにくくなります。

リプカスさんの研究は、健康情報を受け取る人の数字理解に目を向けながら、よりよい伝え方を考えるものです。

数字を得意な人だけのものにしない。
医療情報を、専門家だけの暗号にしない。
健康リスクを、必要以上に怖い怪物にも、軽すぎる紙風船にもさせない。

そのために、数字を人の生活に届く形へ整えていく。

ヘルス・ニューメラシーとは、健康情報の海でおぼれないための、小さな浮き輪のようなものです。リプカスさんは、その浮き輪をどう作れば、もっと多くの人が安心して使えるのかを考えてきた研究者なのです。

5. 研究の中心テーマ③:図で見せると伝わりやすい?

さて、ここまで「健康リスクは数字だけでは伝わりにくいですよ」という話をしてきました。

では、どうすればよいのでしょうか。

そこで登場するのが、です。

そうです。数字界の無口な貴族たちに、いよいよイラスト担当がつきます。ここから健康リスクの説明は、少しだけ親切になります。黒板に数字だけが並んでいた教室に、急に図工の先生が入ってくる感じです。

たとえば、「リスクは3%です」と言われたとします。

これだけだと、ちょっとわかりにくいですよね。
3%という数字が、紙の上でちょこんと座っているだけです。

でも、これを「100人のうち3人くらいです」と言われると、少し見えやすくなります。

さらに、100人分の小さな人型アイコンが並んでいて、そのうち3人だけに色がついていたらどうでしょう。

「あ、なるほど。このくらいか」

と、急に目でつかめる感じがします。

これは、頭の中で無理やり100人を整列させなくてよいからです。数字だけで説明されると、私たちの脳内では小さな体育館が開かれます。

「はい、100人並んでくださーい」
「3人だけ前に出てくださーい」
「えっと、全体の中ではどれくらいですかね?」

脳内スタッフ、大忙しです。イスも足りません。マイクもハウリングしています。

でも、図で見せてもらうと、その作業を外側でやってくれます。こちらは見るだけで、「全体の中のどのくらいか」がつかみやすくなるのです。脳内体育館の設営スタッフも、今日は早く帰れます。よかったですね。

図のよいところは、割合を“景色”にしてくれることです。

「3%」という数字だけだと、少し抽象的です。手でつかもうとしても、すり抜けていく小さな魚のようです。でも、100人中3人の図にすると、「全体の中の一部」として見えます。数字が、急に地面に足をつけるのです。

特に健康リスクでは、この「全体の中でどれくらいなのか」がとても大事です。

「リスクがある」と言われると、人はつい大きく感じてしまいます。
「可能性があります」と言われると、「えっ、私に起こるの?」と不安になります。
でも、図で見ると、少し落ち着いて考えやすくなります。

もちろん、図を見せれば何でも解決するわけではありません。

ここがまた、人間のおもしろいところです。

図が細かすぎると、今度は図そのものが迷路になります。
色が多すぎると、「何の祭りですか?」となります。
説明が少なすぎると、「この赤い人たちは何者ですか?」となります。

つまり、図もまた、使い方が大事なのです。

たとえば、100人のアイコンで3人だけ色がついている図は、比較的わかりやすい表現です。けれど、円グラフ、棒グラフ、折れ線グラフ、割合の表などが一気に出てくると、見る側は急にグラフの森に迷い込みます。

「こちらが相対リスクで、こちらが絶対リスクで、こちらが信頼区間で……」

と言われた瞬間、心の中の読者がそっとページを閉じるかもしれません。

だから、図で伝えるときも大切なのは、何を見ればよいのかをはっきりさせることです。

「この図では、100人中3人くらいに色がついています」
「つまり、全員に起こるわけではありません」
「ただし、ゼロでもありません」
「だから、必要以上に怖がりすぎず、でも無視もしないで考えましょう」

ここまで添えられると、図はかなり頼れる案内人になります。

図は、数字の通訳です。

「3%です」とだけ言う数字に対して、図が横からこう言ってくれます。

「つまり、こういう見た目です」
「全体の中では、このくらいです」
「ここだけ色がついているところに注目してください」

なんと親切。数字だけだと無口だったのに、図がつくと急に説明上手になります。まるで、無愛想な研究者に、聞き上手な司会者がついたようなものです。

リプカスさんの研究では、こうした視覚的な伝え方が、健康リスクの理解にどう関わるのかが重要なテーマになります。特に、数字が苦手な人にとっては、図が理解の助けになる可能性があります。

ただし、ここでも注意したいのは、「図があれば誰でも同じように理解できる」とは限らないことです。

人によって、図の読み取り方にも差があります。

グラフに慣れている人はすぐに意味をつかめるかもしれません。
でも、グラフを見るだけで学生時代の数学のテストを思い出し、心がそっと退席する人もいます。
「横軸? 縦軸? 今日はもう帰ってもいいですか?」という気持ちになる人もいるでしょう。

だからこそ、図はシンプルであることが大切です。

伝えたいことを一つに絞る。
色を使いすぎない。
数字と一緒に、短い説明を添える。
見た瞬間に「何を表しているのか」がわかるようにする。

これは、親切な看板づくりに似ています。

駅の案内表示がやたら複雑だったら困りますよね。
「東口はこちら。ただし歴史的には南南東に近く、構造上は地下2階を経由し……」などと書かれていたら、もう改札前で小さく絶望します。

案内表示は、まず迷わないことが大切です。

健康リスクの図も同じです。大事なのは、見る人が迷わず意味にたどり着けることです。

数字だけでは遠かった情報が、図になることで近くなる。
抽象的だったリスクが、目で見える形になる。
ぼんやりしていた不安が、少し輪郭を持ちはじめる。

それが、図で伝えることの力です。

ただし、図は魔法の杖ではありません。
雑に使うと、わかりやすくするどころか、かえって混乱を生みます。

図は、料理でいう盛りつけです。

どれだけ栄養のある料理でも、鍋ごとドンと出されると「どう食べれば?」となります。でも、きれいに盛りつけられ、食べやすい大きさに切られ、少し説明が添えられていると、安心して口に運べます。

健康リスクも同じです。

「3%」という数字を、そのまま鍋ごと出すのではなく、
「100人中3人」という形に切り分け、
図にして見せ、
言葉でそっと味つけする。

そうすることで、リスクはようやく人の理解に届きやすくなります。

リプカスさんの研究から見えてくるのは、健康情報を伝えるときには、数字・言葉・図をうまく組み合わせることが大切だということです。

数字は正確さを支えます。
言葉は意味を補います。
図は感覚的な理解を助けます。

この三つがそろうと、健康リスクの説明はぐっと親切になります。まるで、迷子になりがちな数字に、地図と通訳と案内係がついたようなものです。

「3%です」と言われてもピンとこない。

そんなとき、図はこう言ってくれます。

「大丈夫。ちょっと見える形にしてみましょう」

そして、数字の霧が少し晴れていく。
リスク伝達における図とは、まさにそのための、小さな窓なのです。

6. 代表的な研究・論文として紹介したいもの

ここまで見てきたように、リプカスさんの研究は、ひとことで言えば「健康リスクをどう伝えれば、人にちゃんと届くのか」というテーマに取り組んできたものです。

では、実際にどんな研究があるのでしょうか。

ここでいきなり論文名をずらっと並べると、読者の心が「本日は閉店しました」の札を出してしまうかもしれません。論文タイトルというものは、ときどき長い電車の名前みたいになります。「次は、健康リスクにおける数値的・言語的・視覚的形式の……」と読み始めた時点で、脳内の乗客がうとうとしはじめます。

なので、ここでは代表的な研究を、ざっくり「3つの教室」として見ていきましょう。

まず1つ目は、リスクの伝え方そのものを考えた研究です。

これは、リプカスさんの研究を知るうえで、まさに玄関マットのような存在です。「ようこそ、リスク伝達の世界へ」と書いてあります。ここで扱われるのは、健康リスクを数字で伝えるのか、言葉で伝えるのか、それとも図で見せるのかという問題です。

たとえば、「リスクは3%です」と言うのか、「100人中3人くらいです」と言うのか、「100人の絵の中で3人に色をつけて見せる」のか。内容は似ていても、受け取る側のわかりやすさは変わります。

これは、同じカレーでも、鍋ごと出されるのか、お皿に盛られて福神漬けまで添えられるのかくらい違います。鍋ごと出されても栄養はあります。でも、食べる側は「え、ここから?」となります。リスク情報も同じで、正確な数字を出すだけでは、まだ“料理途中”なのです。

リプカスさんのこの系統の研究は、「健康情報は、正しいだけではなく、伝わる形に整える必要がある」ということを教えてくれます。数字、言葉、図。それぞれに得意分野があり、どれか一つだけで完璧というより、相手に合わせて組み合わせることが大切なのです。

次に紹介したいのが、ヘルス・ニューメラシーに関する研究です。

ヘルス・ニューメラシーとは、健康や医療に関する数字を理解して、自分の判断に使う力のことでした。ここでリプカスさんたちは、「人は健康情報の数字をどのくらい理解できるのか」「数字の理解力によって、判断や行動はどう変わるのか」という問題に目を向けます。

これがなかなか大事です。

病院や健康診断では、数字がまるで朝の通勤ラッシュのように押し寄せてきます。血圧、血糖値、BMI、確率、割合、リスク、改善率。改札前で「順番に並んでください」と言いたくなるほどです。

でも、数字がたくさん出てくるほど、誰もが正しく理解できるわけではありません。数字が得意な人もいれば、数字を見た瞬間に心のシャッターが半分下りる人もいます。

「1%未満」と聞いて安心する人もいれば、「ゼロではないんですね」と不安になる人もいます。「リスクが2倍」と聞いて真っ青になる人もいますが、もともとのリスクがとても小さい場合は、受け止め方を少し調整する必要があります。

つまり、数字はただ出せばいいものではなく、相手が数字をどう読めるかまで考えないといけないのです。

リプカスさんのこの研究領域は、医療情報の“読みやすさ”を考えるうえで、とても重要です。医療者が正確に説明したつもりでも、患者さんの側が理解できなければ、その情報は使える道具になりません。立派な地図を渡されても、地図記号が全部古代文字に見えたら、目的地にはたどり着けないのです。

だから、ヘルス・ニューメラシーの研究は、数字が苦手な人を置き去りにしないための研究とも言えます。専門家だけが読める暗号ではなく、日常の判断に使える情報へ。リプカスさんは、そこに橋をかけようとしているわけです。

そして3つ目が、図やピクトグラムを使ったリスク伝達の研究です。

これは、かなりイメージしやすいテーマです。

たとえば、「100人中3人」と言葉で説明するだけでなく、100人の小さな人型アイコンを並べて、そのうち3人に色をつける。すると、数字が急に景色になります。

「ああ、全体の中ではこのくらいなんだな」と、目で見てわかりやすくなります。

これは、数字が苦手な人にとって特に助けになります。数字だけだと頭の中で計算しなければなりませんが、図があると、目が先に理解の手伝いをしてくれます。脳みその中の計算係が「今日は助っ人が来たぞ」と少し喜びます。

ただし、図も万能ではありません。

図が複雑すぎると、今度は図そのものが謎解きになります。色が多すぎたり、説明が足りなかったりすると、「この赤い人は何を意味しているの?」「青い人は味方?敵?」みたいな、別の物語が始まってしまいます。

だから、リプカスさんの研究から学べるのは、図を使えばよいという単純な話ではありません。どんな図を、どんな人に、どんな説明と一緒に見せるかが大切なのです。

ここがリプカス研究の味わい深いところです。

ただ「数字を図にしましょう」と言っているのではなく、人間がどう数字を受け取り、どう不安になり、どう判断するのかまで見ています。つまり、リスク伝達を、単なる情報の受け渡しではなく、人間の心の動きとして考えているのです。

この3つの研究をまとめると、リプカスさんの仕事はこんな感じです。

健康リスクという情報は、専門家の机の上ではきれいに整理された数字かもしれません。でも、それが私たちの生活に届くときには、不安、誤解、思い込み、数字への苦手意識など、いろいろな霧の中を通ってきます。

リプカスさんは、その霧を少しでも晴らすために、数字の出し方、言葉の添え方、図の使い方を研究してきました。

「3%です」で終わらせない。
「それは100人中3人くらいです」と言い換える。
必要なら図で見せる。
相手が数字をどう理解できるかも考える。
不安をあおりすぎず、軽く見せすぎず、判断に使える形へ整える。

こうして見ると、リプカスさんの研究は、医療情報に“やさしい案内板”を立てる仕事のようです。

病院や健康診断の数字に、私たちはときどき迷子になります。
そのとき、リプカスさんの研究は、そっと看板を出してくれます。

「この数字は、こう見るとわかりやすいですよ」
「このリスクは、こう比べると理解しやすいですよ」
「不安になる前に、まず全体の中でどれくらいか見てみましょう」

数字は冷たいものに見えるかもしれません。
でも、伝え方を工夫すれば、数字は人をおどかす道具ではなく、人が自分の健康を考えるための味方になります。

リプカスさんの代表的な研究は、そのことを教えてくれるのです。

7. 生活にどう役立つ?

さて、ここまでリプカスさんの研究を見てきました。

「健康リスクは数字だけでは伝わりにくい」
「ヘルス・ニューメラシー、つまり健康情報の数字を読む力が大事」
「図や言葉をうまく使うと、リスクは理解しやすくなる」

……と聞くと、なんだか医療者や研究者向けの話に思えるかもしれません。

「なるほど、病院の先生たちが勉強する内容ですね。私は今日の晩ごはんを考えるので忙しいです」

そう思った方、ちょっと待ってください。リプカスさんの研究は、白衣の人たちだけのものではありません。実は、私たちの日常生活にも、かなり関係しています。

たとえば、健康診断の結果を見るときです。

紙を開くと、そこには数字がずらりと並んでいます。血圧、血糖値、コレステロール、BMI。数字たちはまるで会社の会議資料のように、淡々とこちらを見ています。しかも、基準値を少し超えると、赤字や「要注意」という言葉が登場します。

この瞬間、心の中で小さなドラが鳴ります。

「要注意!? 私の体内で何か会議が荒れているのですか?」

でも、ここで大事なのは、すぐに怖がりすぎないことです。もちろん軽く見てはいけませんが、「この数字は何を意味しているのか」「どれくらい基準から外れているのか」「生活の中で何を変えればよいのか」と、少し落ち着いて読み解くことが大切です。

リプカスさんの研究は、こういう場面で役に立ちます。数字を見たときに、「怖い」「わからない」で止まらず、「これはどういう意味の数字なんだろう」と考えるきっかけになるからです。

また、ニュースやネット記事を見るときにも役立ちます。

「○○をすると病気のリスクが2倍に!」
「△△で死亡リスクが30%低下!」
「□□を食べる人は健康寿命が長い!」

こういう見出し、見たことありますよね。なかなか力強いです。見出しだけ読むと、今すぐ冷蔵庫の中身を総入れ替えしたくなる勢いです。納豆を買いに走り、青魚を抱え、ついでにヨーグルトまで追加したくなります。

でも、ここで一度立ち止まります。

「リスクが2倍」と言っても、もともとのリスクはどれくらいなのか。
「30%低下」と言っても、何と比べているのか。
「効果がある」と言っても、どれくらいの人に、どれくらいの期間で見られた話なのか。

こう考えられるだけで、健康情報に振り回されにくくなります。

数字は、ときどき大声を出します。

「2倍!」
「50%減!」
「たった1日で!」

でも、その声の大きさと、実際の意味の大きさは同じとは限りません。数字界にも、声の大きい営業部長みたいな表現があるのです。そこで必要なのが、「それ、具体的には何人中何人の話ですか?」と聞く姿勢です。

これは、健康情報を見るときの魔法の質問です。

「何%です」と言われたら、
「100人中何人くらい?」と考える。

「リスクが2倍」と言われたら、
「もともとは何人中何人だったの?」と考える。

「効果があります」と言われたら、
「どれくらいの差があったの?」と考える。

これだけで、数字の霧が少し晴れます。

たとえば、「ある病気のリスクが2倍」と言われると、かなり怖く感じます。でも、もともと1万人に1人のリスクが1万人に2人になる話なら、受け止め方は変わります。もちろん大切な情報ですが、「2倍」という言葉だけで心を巨大台風にしなくてもよいかもしれません。

逆に、「3%だから大丈夫」と思ってしまうのも注意が必要です。その3%が重大な病気に関わるなら、低く見えても無視してよいとは限りません。数字は小さく見えても、中身が重いことがあります。小さな箱に重い本が入っているようなものです。

リプカスさんの研究が教えてくれるのは、数字を「怖がる」か「無視する」かの二択にしないことです。

数字を、ちゃんと読む。
数字の背景を見る。
必要なら図にして考える。
専門家に質問する。
自分の生活にどう関係するかを考える。

これができると、健康情報は少し扱いやすくなります。

たとえば、病院で説明を受けるときにも役立ちます。

お医者さんから「副作用の可能性は低いです」と言われたら、「低いというのは、だいたい何人中何人くらいですか?」と聞いてみる。
「検査を受けるメリットがあります」と言われたら、「受ける場合と受けない場合で、どれくらい違いますか?」と聞いてみる。
「リスクがあります」と言われたら、「そのリスクは高いほうですか、低いほうですか。比較するとどんな感じですか?」と聞いてみる。

こうした質問は、決して失礼ではありません。むしろ、自分の体についてきちんと考えるための大切な確認です。健康情報は、専門家だけが持っている巻物ではなく、あなたの人生に関わる地図です。地図の見方がわからないときは、聞いていいのです。

リプカスさんの研究は、私たちに「数字に質問していいんだ」と教えてくれます。

数字は、見た目ほど偉そうではありません。
こちらから聞けば、案外ちゃんと説明してくれます。

「3%さん、あなたは100人中何人の話ですか?」
「2倍さん、もともとはどれくらいだったんですか?」
「30%減さん、それは大きな差なんですか?」

こうして問いかけると、数字はだんだん日常の言葉に近づいてきます。

そして、これは就職支援や福祉の現場にも通じる話です。

たとえば利用者さんに情報を伝えるとき、「制度上はこうです」「可能性はあります」「一般的にはこうです」と言うだけでは、相手に届きにくいことがあります。相手が知りたいのは、「で、自分の場合はどう考えたらいいのか」という部分だったりします。

健康リスクの伝え方と同じで、大切なのは、情報を相手が使える形にすることです。

難しい言葉を、生活の言葉に置き換える。
抽象的な説明を、具体例にする。
数字だけでなく、図やたとえを使う。
「つまり、今できることは何か」まで一緒に考える。

これは、支援の場面でもとても大事です。リプカスさんの研究は、医療や健康の話でありながら、「伝える」とは何かを考えるヒントにもなります。

情報は、ただ渡すだけでは届きません。

相手の手の大きさに合わせて、持ちやすい形にする必要があります。大きすぎる荷物なら分けて渡す。重すぎる言葉なら、少しやわらかくする。見えにくい数字なら、図という窓を開ける。

そうして初めて、情報は相手の中で「使えるもの」になります。

リプカスさんの研究が生活に役立つのは、まさにここです。

健康診断の結果を見るとき。
病院で説明を受けるとき。
ネットの健康情報を読むとき。
家族と治療や検査について話すとき。
支援の現場で、誰かに大切な情報を伝えるとき。

そのすべての場面で、私たちは「どう伝わっているか」「どう受け取っているか」を考えることができます。

数字は人生のハンドルを握ってくれるわけではありません。
でも、道を照らすライトにはなります。

そのライトがまぶしすぎたり、暗すぎたり、変な方向を向いていたりすると、私たちは道を見失います。だからこそ、数字には文脈が必要です。言葉が必要です。図が必要です。そして何より、「わかる形で伝えよう」という思いやりが必要です。

リプカスさんの研究は、健康情報を少しだけ人間にやさしくしてくれます。

「3%です」と言われてピンとこないとき、
そこで終わらなくていいのです。

「それは、どれくらいのことですか?」
「何人中何人くらいですか?」
「私の生活では、何に気をつければいいですか?」

そう聞いてみる。

その小さな一歩だけで、数字は冷たい記号から、自分の健康を考えるための道具に変わります。健康リスクの数字は、私たちをおどかすためにあるのではありません。よりよく選ぶためにあるのです。

数字に振り回されるのではなく、数字と一緒に考える。
それが、リプカスさんの研究から私たちが受け取れる、いちばん実用的で、いちばんやさしいメッセージなのだと思います。

8. まとめ:リプカスさんは、数字と人間のあいだに橋をかけた人

ここまで、アイザック・リプカスさんの研究を見てきました。

健康リスクの数字は、正確です。
けれど、正確だからといって、いつもわかりやすいとは限りません。

「3%です」
「リスクが2倍です」
「発症率が下がります」
「副作用の可能性があります」

こうした言葉は、病院や健康診断、ニュースやネット記事でよく見かけます。けれど、私たちの心は、数字を見た瞬間に「はい、理解しました」とハンコを押せるほど単純ではありません。むしろ、数字が出てきた瞬間、頭の中で小さな会議が始まります。

「3%って、低いの?」
「いや、でもゼロじゃないよね?」
「2倍って、けっこう怖くない?」
「そもそも何と比べているの?」
「今日から唐揚げをやめるべき?」

数字ひとつで、心の会議室はなかなか騒がしくなります。議長は不安、書記は混乱、隅のほうで楽観主義が「まあ大丈夫でしょ」とお茶を飲んでいる。そんな状態です。

リプカスさんの研究は、まさにその会議室に入ってきて、そっとホワイトボードを整えてくれるようなものです。

「まず、この3%は100人中3人くらいのことです」
「こちらは、もともとのリスクと比べて見ましょう」
「図にすると、このくらいです」
「怖がりすぎず、でも無視もしないで考えましょう」

そうやって、数字を人間が受け取れる形にしてくれるのです。

リプカスさんの研究で大切なのは、数字を出すことがゴールではないという視点です。健康リスクを伝える目的は、相手を驚かせることでも、専門用語で立派に見せることでもありません。相手が理解し、自分の生活や判断に活かせるようにすることです。

つまり、情報は「渡したら終わり」ではありません。
相手の手にちゃんと乗る大きさにする必要があります。

大きすぎる数字は、持てません。
小さすぎる数字は、見落とします。
説明のない数字は、置き場所に困ります。

だからこそ、数字には言葉が必要です。図が必要です。比較が必要です。そして何より、「相手に伝わる形にしよう」という思いやりが必要です。

ここに、リプカスさんの研究の温かさがあります。

一見すると、健康リスクや確率の研究は、冷たい数字の世界に見えるかもしれません。でも実は、その奥にはとても人間らしい問いがあります。

人は、どうすれば安心して情報を受け取れるのか。
どうすれば、必要以上に怖がらずにすむのか。
どうすれば、大切なリスクを軽く見すぎずにすむのか。
どうすれば、自分の体や生活について、納得して選べるのか。

リプカスさんの研究は、そうした問いに向き合っています。

言ってみれば、リプカスさんは、数字と人間のあいだに橋をかけた人です。

数字の国には、正確な情報があります。
人間の国には、不安や迷い、生活の事情があります。

その2つの国は、近いようで意外と遠い。数字の国の住人は「3%です」と言います。人間の国の住人は「それで私はどう考えたらいいんですか」と言います。そこで橋がなければ、情報は川の向こう岸から手を振るだけになってしまいます。

リプカスさんは、その川に橋をかけようとしました。

「3%」という数字に、
「100人中3人」という言葉を添える。

「リスクが上がる」という表現に、
「もともとのリスクはどれくらいか」という文脈を添える。

「わかりにくい確率」に、
「図やピクトグラム」という見える形を添える。

そうすることで、数字は冷たい記号から、私たちが使える道具に変わっていきます。

これは医療だけの話ではありません。仕事でも、支援でも、教育でも、家族との会話でも同じです。

正しいことを言っているのに、相手に届かない。
大切な情報なのに、難しすぎて使えない。
説明したつもりなのに、相手は不安なまま。

そんなことは、日常のあちこちにあります。

そのときに大事なのは、「伝えたかどうか」ではなく、「伝わる形になっていたかどうか」です。

リプカスさんの研究は、そこをやさしく照らしてくれます。

数字は、人生を代わりに決めてくれる王様ではありません。
でも、選択の道を照らしてくれるランタンにはなります。

ただし、そのランタンが明るすぎれば目がくらみます。暗すぎれば道が見えません。だから、ちょうどよい明るさに調整する必要があります。数字を言葉で整え、図で見えるようにし、文脈で意味をつける。その工夫によって、私たちは健康情報と少し仲良くなれます。

「3%です」と言われてもピンとこない。
それは、あなたの理解力が足りないからではありません。
数字がまだ、あなたの生活の言葉に翻訳されていないだけかもしれません。

だから、こう聞いていいのです。

「それは、100人中何人くらいですか?」
「何と比べて高いのですか?」
「図で見ると、どんな感じですか?」
「私の場合、何に気をつければいいですか?」

そうやって質問することで、数字は少しずつこちら側に歩いてきます。スーツ姿で無口だった3%さんも、やがて名札をつけて、自己紹介を始めてくれます。

「こんにちは、私は3%です。ゼロではありませんが、全員に起こるわけでもありません。落ち着いて、一緒に見ていきましょう」

リプカスさんの研究は、そんな会話を可能にするための研究です。

健康リスクの数字は、人を怖がらせるためにあるのではありません。
人がよりよく選ぶためにあります。

その数字が、ちゃんと人の手に届くように。
不安の霧の中で迷子にならないように。
専門家の言葉と、生活者の感覚のあいだに橋がかかるように。

アイザック・リプカスさんは、健康情報の世界で、その橋をこつこつ作ってきた研究者なのです。数字の冷たさに、人間の温度を少し足す。そこに、リプカス研究の大きな魅力があります。

参考リンク

アイザック・リプカス(Isaac M. Lipkus)の論文一覧:「大丈夫っしょ」と思う心に、そっとツッコミを。健康リスクと人間関係を読み解く心理学さんぽ(https://adler-nap.com/isaac-m-lipkus)

【論文要約】なぜ親しい人ほど傷つけ合ってしまうのか? 関係を守る「歩み寄り」の心理学
(https://adler-nap.com/archives/1143)


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