名前のない休日|虹色創作部
1.
朝が来たのか、来ていないのか、よくわからない。
時計を見ることをやめてみた。予定という名前を手放してみた日。
コーヒーを淹れながら、ふと思う。今日は何をする日だろう。何者になる日だろう。
「お疲れさま」でも「おはよう」でもない、名前のない挨拶で一日が始まる。
2.
窓から見える空は、いつもより広く感じられる。
雲がゆっくりと形を変えていく。あの雲にも、きっと名前があるのだろう。積雲、層雲、巻雲。でも今日は、そんなラベルを貼るのをやめてみる。
ただ、白くて、やわらかくて、風に身を任せている何かとして、眺めている。
3.
本棚から一冊を取り出す。タイトルを見ずに、ページを開く。
文字たちが、いつもより親しげに見える。「意味」や「目的」という重いコートを脱いで、ただ紙の上で踊っているみたい。
読むともなく読まないともなく、文字とたわむれる。
これは「読書」という名前がつく前の、ひととき。
4.
台所で、名前のない料理を作ってみる。
冷蔵庫にあるものを、レシピを見ずに組み合わせる。これは「炒め物」なのか「煮物」なのか。そんなことはどうでもいい。
玉ねぎが透明になるまで炒めて、トマトを加えて、最後に卵を落とす。
できあがったのは、「玉ねぎとトマトと卵の、名前のない何か」。
──── 美味。
5.
午後、散歩に出る。
目的地を決めずに歩く。これは「散歩」でも「ウォーキング」でもない。ただ、足の向くまま、心の向くまま。
途中で出会った猫も、きっと名前のない時間を生きている。
「ニャー」と鳴く。それが挨拶なのか、ひとりごとなのか、わからない。私も「ニャー」とつぶやいてみた。
名前のない時間を生きる者同士の、小さな共鳴。
6.
夕方、誰かに電話をかけようと思ったけれど、やめた。
「何のために」という理由が思い浮かばなかったから。
でも、それがとても清々しかった。
用事がなくても、理由がなくても、つながっていたい人がいるということ。それを確認できただけで十分だった。
7.
夜、日記を書く。
でも今日は、何をしたかではなく、何を感じたかを書いてみる。
「今日は、『今日』という名前さえないような一日だった」
そう書いてから、ペンを置く。
8.
ベッドに入りながら、考える。
今日一日、私は何者だったのだろう。
働く人でも、誰かの娘でも、友達でもない。役割という服を脱いで、素のままでいた時間。
名前のない自分に、久しぶりに出会えた気がする。
9.
明日になれば、また名前のある日々が始まる。
予定があって、役割があって、「すべきこと」がある毎日。それはそれで、大切な時間。
でも時々、こんな名前のない休日が必要なのかもしれない。
自分が何者かを忘れて、ただ存在することを思い出すための。
10.
窓の外で、夜風が木々を揺らしている。
その音にも、きっと名前がある。でも今夜は、ただ「やさしい音」として聞いている。
名前のない休日の、名前のない終わり方。
・・・・・
おわり
■虹くりっぷ(文学×イラスト)さんの企画
#虹色創作部 に参加させていただいています。
https://note.com/nijiclip/n/n427eaf0aad50
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