溜め息のかたち|風まかせ文芸部
溜め息のかたちは、ひとつではない。
朝の通勤電車で聞く溜め息は重い。特に月曜日には、憂鬱さを含んで、車内に静かに響く。それを聞いた隣に座っている人の肩も、私と同時に小さく下がる。
仕事を終えた夕方の溜め息は軽やかだ。「やっと終わった」という安堵に混じって、心なしか弾んだ靴音が響く。
恋をしている時の溜め息は甘い。彼のことを考えながらつく溜め息には、幸せと不安が半分ずつ入っている。「次はいつ会えるかな」「今、何してるんだろう」息に混じったそんな想いで頬が緩む。
恋が終わった時の溜め息は深い。胸の奥底から絞り出すような音とともに、涙の手前で止まっている。
私がまだ小さかった頃、母はよく溜め息をついていた。疲れて帰って来た時、家計簿を眺めているとき、私たち姉妹を叱った後。
「なぜ大人は溜め息ばかりつくのだろう」その頃は不思議に思っていた。
母に聞いたことがある。「どうしてため息をつくの?」
「ため息をついている間は、後ろを振り返れないからよ」そう言って母は寂しく笑った。
溜め息は、心の中に溜まったものを少しずつ外に出す作業なのかもしれない。 怒り、悲しみ、諦め、喜びさえも、溜め息として吐き出している。
溜め息をつくことで、新しい空気を吸い込む余地を作ろうとしているのだろうか。
電話の向こうの友人の溜め息を聞いたことがある。当時、コロナ禍で会えない日々が続いて、お互いに疲れていた。でもその溜め息は、なぜか温かく感じられた。同じ空気を吸って、同じような想いで溜め息をついている。離れていても、その瞬間だけは近くにいるような気がした。
溜め息は言葉にならない感情の表現なのかもしれない。「大変だね」とか「お疲れさま」とか、そんな言葉では足りない何かも、息に込めて伝えている。
今日も、きっとどこかで誰かが、溜め息をついている。
できるならその溜め息は、少しでも軽やかなものであって欲しい。
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