わざと、間違えて|恋が始まる7つのレシピ②
今日も暑い。
カフェのエアコンはフル稼働しているのに、厨房は相変わらず蒸し風呂のよう。汗を拭きながらオーダーを聞いて回る。
「ホットコーヒーをお願いします」
窓際の席の男性客が言った。背が高くて、少し日焼けしている。大学生だろうか。
暑いのに、ホット?
私は首をかしげながら厨房に戻った。
「3番テーブル、アイスコーヒーお持ちしました」
私の声に同僚の鈴木さんが振り返る。
「え、ホットじゃなかった?」
はっとした。
慌ててホールを見ると、彼はアイスコーヒーのグラスを手に、少し困ったような顔をしている。でも何も言わずに、そのまま飲み始めていた。
「すみません!」
私は駆け寄った。
「ホットコーヒーをご注文でしたよね。申し訳ありません、すぐにお作り直しします」
「いえいえ」
彼は微笑んだ。
「これはこれで、おいしいです。暑いですから」
「でも...」
「本当に大丈夫です。ご迷惑をおかけして申し訳ないです」
逆に謝られてしまった。
それから、彼は時々カフェに来るようになった。いつも同じ窓際の席。注文はいつもホットコーヒー。
私は二度と間違えないよう、細心の注意を払った。
「ホットコーヒーです」
彼にカップを置くたび、あの日のことを思い出す。なぜだか気になって仕方がない。
ある日のこと。
いつものように彼がホットコーヒーを注文した。私は注文を復唱し、厨房に向かった。
「待って」
振り返ると、彼が手を挙げている。
「また注文を間違えてくれないかな」
え?
「あの時のアイスコーヒー、本当においしかったんです。それに...」
彼は少し照れたような顔をした。
「君があわてて謝りに来てくれたの、すごく可愛くて」
私の顔が一気に熱くなった。
からかわれてる。
恥ずかしくて、そのまま厨房に逃げ込んだ。
でも、それほど腹は立たなかった。むしろ、胸がどきどきしていた。
(また間違えてくれないかな、って・・・)
私は考えてしまう。今度、わざと間違えてみたらどうだろう。彼はどんな顔をするだろう。
でも、そんなことできるわけがない。
(でも、もし...)
想像するだけで、頬が赤くなってしまう。
翌日、彼がまたやってきた。
「ホットコーヒーをお願いします」
いつもの注文。
私は一瞬、迷った。
「承りました」
そして、ちゃんとホットコーヒーを持っていく。
「ありがとう」
さわやかな微笑が憎らしく思える。
「今日は間違えないんですね」
「当然です」
私は胸を張って答えた。でも、心の中では違うことを考えている。
(次は、どうしよう)
カップを置く手が、少し震えていた。
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