思い出たち|シロクマ文芸部
思い出のかけらの訪れは、いつも突然だ。
駅のホームで聞こえてきた音楽、すれ違う人の香水の匂い、午後の陽だまりの角度。そんなささいなきっかけで、忘れていた記憶が蘇る。
大切だと思って覚えておこうとしたことは忘れてしまうのに、何気ない瞬間が鮮明に残っている。
子どもの頃の夏休み。何をしていたかは覚えていないのに、庭で聞いたセミの声と、母が作ってくれた麦茶の味は今でもはっきりと思い出せる。
友人と話していると、同じ出来事でも記憶が違っていることがある。私が覚えている晴れた日の出来事を、彼女は雨の日だったと言う。どちらが正しいのかはもう分からない。
私にとってはそれは晴れた日だった。彼女にとっては雨の日だった。
心理学者ならその意味を読み解こうとするかもしれないが、それが何になるのだろう。
祖母の遺品を整理していた時に。一枚の写真を見つけた。あふれるような笑顔の私が写っているが、その時のことを全く覚えていない。
その時の感情の深さと思い出の鮮明さも必ずしも一致はしないようだ。蘇るのはかけらや断片であって、できごとの全てではない。
思い出たちは、私が思っているよりも儚く、脆いものなのかもしれない。一方で、思いがけないたくましさも持っている。
ささやかな思い出のかけらが、終日私を捉えて離さないこともある。
そんなときはリフレインのように響き続ける。
新しい思い出たちは今日も静かに生まれている。
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