手紙|3つのお題に空想のひらめきを
母が寒中見舞いを書いていた。
覗き込んだ私に母が言った。
「年賀状を出しそびれていた方にね」
「今どき、メールでも済むんじゃない?」
「そういうわけにもいかないでしょ」
母の手元には、万年筆。
黒い軸に、金色の飾り。
重厚で、使い込まれている。
「珍しいね、万年筆だなんて」
そういう私に、母はペンを見て目を細めた。
「お父さんが、大切にしてたペンだよ。特別な時に使うようにしているの」
「なんで?」
「私とお父さんの人生を変えたペンだから」
ペンで、人生が変わる?
「お父さんね、お母さんにこれで書いたラブレターをくれたの」
少し照れながら母が言った。
「お父さん、そんなに字はきれいじゃなかった。
でもね、とても丁寧に思いを書いてくれたの」
「誠実な人なんだなって、お母さん、その時思った。」
母は、しばし遠い目をした。
「それがきっかけで、私たち付き合い始めたのよ。」
ペンも手紙もただの道具だ。
父は一生懸命に手紙を書いた。
母はその文面に惹かれた。
事実はそれだけ。
けれどその結果二人は結婚し、私がいる。
この万年筆はいわばその証人だ。
「その手紙は残ってないの?」
おどけて訊く私に、母は顔を赤らめた。
「どこかに行っちゃったわ」
そういうと母は寒中見舞いに戻った。
葉書きを書き終えて片づけをしている母に私は頼んだ。
「その万年筆、私にくれない?」
母は少し迷ってから、私に手渡してくれた。
「大切に使ってね」
両親の運命を書き換えたペン。
重い。
でも、その重さが心地いい。
母の話を聞いて、私は決心していた。
迷っていたけれど、
この万年筆があれば、あの手紙を書ける。
ひと月前、実家の店を継ぐと言って退職していった彼。
一年間付き合ったが、恋人未満の間柄だった。
送別会で私はかろうじて言った。「元気でね」
その後彼からスマホに届いたのは型通りのメッセージだけ。
「お世話になりました。近くにおいでの節はお立ち寄りください」
私は、父の万年筆で書いた。
どうしても伝えたかった、ありがとうを。
ずっと謝れなかった、ごめんなさいを。
最後まで言えなかった思いを。
一晩かけて書いて、手紙を出した。
あれから、一週間。
郵便受けに、彼からの手紙が届いた。
片桐 みかん さんの3つのお題に空想のひらめきを、に参加致します。3つのお題の中から、「運命を書き換えるペン」を使わせていただきました。
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