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猫にこんばんは|アマノ文筆クラブ

仕事から帰る僕を、その猫はいつも待ってくれている。
階段を上る音で気付くのだろうか。

玄関前で僕を見つめる。
「こんばんは」

僕が声をかけると、喉を鳴らして体を寄せてくる。

その猫と出会ったのは、半年前の雨の夜。
マンションの前で、ずぶぬれになっていた身体を僕はタオルで包んだ。

それから、毎晩、その猫は僕を待っている。
「こんばんは」
僕は、脇を通り抜け、部屋に入る。

隣の部屋の佐藤さんが、ある日言った。
「あの猫、飼ってあげればいいのに」
「そうですね」
僕は、曖昧に笑った。

その話をしたら友人の美香も、同じことを言った。
「懐いてるじゃない。飼ったら?」
「うーん」
僕は、答えなかった。

飼いたくないわけじゃない。
でも、飼えない。

3年前、僕は猫を飼っていた。
僕が仕事で遅くなった日、その猫は体調を崩した。

気づいたときには、手遅れだった。
もっと早く気づいていれば。
もっとちゃんと見ていれば。
僕は、自分を責めた。

別の猫を飼おうかと何度か思った。
また同じことが起きたら。
また、守れなかったら。
そう思うと勇気が出なかった。

だから、僕は今の猫に「こんばんは」と言うだけ。
毎晩、挨拶をするだけ。

ある夜、猫はいつもの場所にいなかった。

僕はマンションの周りを必死に探した。
駐車場の陰に、いた。

「ここにいたんだね」
僕が声をかけると、猫はゆっくりと近づいてきた。

僕は、しゃがんで、頭を撫でた。
「心配したよ」
猫は、目を細めた。

僕は、抱き上げようとして、やめた。
「こんばんは」





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