【49歳未経験から海技士へ】九州海技学院で「4級海技士」を目指す私が、清水海上短大の不合格を糧に誓う3つの理由

4月14日 火曜日
九州海技学院に入学して4日目。
私の毎日は、朝から夕方まで内燃機関6級の免許取得に向けた講義で埋め尽くされています。
49歳、世間では「シニア世代」の入り口。
新しい用語や複雑なエンジンの仕組みは、正直に言って、慣れない私の頭をフル回転させても追いつくのがやっとの連続です。
しかし、私はこの4.5ヶ月という限られた、そして貴重な時間を、単なる「6級取得」だけで終わらせるつもりはありません。
私は今、あえてその上の「4級海技士」筆記試験の合格を、同時並行で掴み取ろうと決意しています。
49歳の挑戦 九州海技学院での4.5ヶ月を最高の転機にする

「なぜ、そんなに急ぐのか」
周囲からはそう見えるかもしれません。
確かに、内燃機関6級の資格だけでも十分に価値のある国家資格です。
海の世界で生きていくための切符は、それで手に入ります。
それでも私が、毎日パンパンになるまで頭を使い、自らを追い込んでいるのは、この4.5ヶ月を人生最大の「転換点」にしたいという強い思いがあるからです。
宿舎と教室を往復するだけのストイックな日々。ですが、今の私にとって、この「勉強だけに没頭できる環境」は何物にも代えがたい贅沢な時間なのです。
なぜあえて「4級」なのか?私が掲げる3つの野望
私が無謀とも思える4級への挑戦を決めたのには、3つの明確な理由があります。
①挫折を力に。清水海上短大へのリベンジとケジメ
一つ目は、自分自身へのリベンジです。
今年の1月、私は国立清水海上技術短期大学を受験しました。
2年かけてじっくり学び、卒業と同時に4級海技士を取得できる道。
しかし、結果は見事に不合格でした。
本来なら、あの学び舎で多くを吸収したかった。その夢が叶わなかったからこそ、私は「自力」で4級筆記を突破することで、自分の中に残っている悔しさにケジメをつけたいのです。
あの挫折があったからこそ今の自分があるのだと、証明するために。
②現実的な選択。シニア世代が「船」で掴む経済的自立
二つ目は、これからの生活を支えるための現実的な戦略です。
49歳という年齢で陸上の仕事を探そうとしても、特別なスキルがなければ厳しい現実に直面します。
再就職ができたとしても、安い労働条件に甘んじることも少なくありません。
しかし、船の世界は違います。
海の上で生活し、仕事に打ち込めば、陸上勤務よりも圧倒的にお金が貯まる構造があります。
中期的にしっかりと稼ぎ、経済的な基盤を築く。それはシニア世代の私にとって、非常に切実で、かつ前向きな生存戦略なのです。
③人生一度きり。外航船という「高み」への挑戦
そして三つ目は、純粋な好奇心と冒険心です。
年齢的なハンデ、そして資格の壁。
外航船への道がどれほど険しいかは理解しています。
それでも、人生は一度きりです。
どうせ挑戦するなら、とことんまで上を目指したい。
いつか、世界の海を渡る外航船の甲板に立つ自分を想像しています。
そんな「野望」があってもいい。
そう自分に許可を出しました。
今日から始まる新しい戦い 4級問題集と共に歩む日々
今日、ネットで注文していた4級の問題集が宿に届きました。
ずっしりとしたその重みは、これから私が背負う責任と希望の重さのように感じます。
これから、時間が許す限りこの一冊に向き合います。
4.5ヶ月後、九州海技学院を去る時に「やりきった」と笑って卒業できるように。
そして、この在籍期間中に、最高の就職先を射止めるための自分磨きも怠りません。
49歳の再出発、ここからが本当の本番です。
【結びに代えて】
ここまで読んでくださったあなたに、心から感謝いたします。
これは「完璧な誰か」の物語ではなく、試行錯誤を繰り返す一人の人間の、現在進行形の記録です。
第1話から順に読み進めていただくことで、単なるエピソード以上の「物語としての重み」を感じていただけるかもしれません。
あなたの「スキ」や「フォロー」が、暗い夜道を照らす灯火のように、この連載を続ける勇気をくれます。
その温かな反応のひとつひとつが、私がこの連載を書き続けていくための、何よりの原動力になります。
