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学内の賞審査の結果|学生のコンプレックスは学生のうちに

昨日一昨日と、修士論文についての記事を3本続けて上げてきましたが、最後は「学内の賞審査の結果」です。
結論から言うと、1位でした。嬉しいです。

当日の流れとしては、賞候補者の公開質疑応答みたいなものはほとんどなくて、先生陣が「良い」と思った論文に投票していく形式でした。
でもずっとじんわりに、緊張感はありました。



最初は、一次投票で、50人の中から11人を絞る投票です。
教授12人が、各自6票ずつ持っていて、気に入った論文に入れていきます。

そして僕はというと、都市計画系の教授以外、全部の票が集まって、1位通過でした。
もう、この瞬間が当日いちばん嬉しかったです。

「あの先生も入れてくれてたんだ」
「え、あの先生も?」
そういう気持ちがじわじわ来て、認められた感じがしました。自分の中で、変な場所がほどけるような。

で、例の「都市計画系の先生」なんですが、投票してなかった理由がちょっと面白くて。
ある日の講評会で、僕の指導教員(建築史)から都市美協会の話が出たとき、その先生が「都市美協会?」ってなったらしいんです。
都市専門なのに都市美協会知らないの?という空気が会場に生まれてしまい、それ以来歴史が大嫌いになって、毎年歴史研には票を入れないのだとか。

いや、そんなことあります?と思っていたら、見事にその人だけ僕に投票してなくて、逆に少し微笑ましかったです。律儀すぎます。

ともあれ、一次投票が終わって、賞候補者11名が出揃いました。



11人の「応援演説」と「コメント」タイム

続いて、学籍番号順に、指導教員の応援演説と、投票した先生からのコメントが入ります。
この時間がまた独特で、空気がいきなり「式典」になります。

僕にコメントしてくださった先生は2名でした。

1人目:褒めたうえで、議論の宿題を置いていく先生
「充実した論文で好感が持てます。ただ、良い部分だけでなく、ソ連建築の負の側面についても君と議論したい」

これ、褒め言葉としてめちゃくちゃ嬉しかったです。
「良かったよ」で終わらず、続きを話せる場所を残してくれる感じが、ちゃんと見てもらえた感がありました。

2人目:いつも“すかしてる”先生が、珍しく刺してきた
最後にその先生から「建築史の社会性について、どう思ってる?」って聞かれて、僕は例の、根っこにある話をしました。

「日本の建築の品質を守りたい。そのために、この論文を書いた」

そしたら先生が、
「建築計画や建築史の論文が社会とどう接続するかを考えるのも一つの技術で、そこがこの論文は優れていた」
って言ってくれたんです。

いつもすかしてる先生なので、余計に感動しました。ちゃんと聞いてくれてたんだなって。



で、問題は「指導教員の応援演説」です

他研究室の指導教員の演説って、だいたいすごいんですよ。

「この学生は何ヶ月も海外に行って…」
「査読付きの論文が…」
「会社に入ってもきっと…」

みたいに、話を盛りに盛って、会場に
「え、これめちゃめちゃすごい論文なのでは?」
と思わせる技術がある。あれはプレゼンです。

ところが僕の指導教員。

「まあ、ソ連建築なんて面白くないけど…なんかね、彼の中にずっと問題意識があったらしくてねぇ…」
「あと、あれね。ディープラーニング?とかいうやつで…なんかやって、書いてましたよ」

まず応援演説じゃないし、ディープウェルだし、「面白くない」って言うなよ、という気持ちでした。
でも、会場が和やかな雰囲気になったので、まあ、よしとします。
結果的に、笑いが起きたので。たぶん、あれも愛です。たぶん。


11人分のコメントと演説が終わって、いよいよ二次投票です。
最後は先生が1票ずつ持っていて、「最も優れている」と思う論文に投票します。

この投票、研究室の学生にも票を入れられるので、逆に言えば、自分の指導教員以外から票を取れるかが勝負になります。
特に、修士設計のみを見ている先生から票を取れるかどうか。ここが鍵です。

そして結果。

歴史系の先生からの票と、修士設計を見ている建築家の先生からの票を獲得して、1票差で1位でした。

大学に入ってから、僕は「1番」を取れないまま来たのですが、最後の最後で、ようやく取れました。
勝ったというより、安堵に近いです。



最後に残ったのは、指導教員への感謝でした

色々言いましたが、指導教員の先生には普段からたくさん質問をもらって、ゼミも本当に楽しそうに聞いてくれて、僕の論文の意欲を育ててくれた人です。
「この研究室でよかったな」って、ちゃんと思いました。

そして帰り、エレベーターで建築家の先生と一緒になったときに、ツンデレな一言をもらいました。

「お前、卒業設計はわけわかんねぇことやってたけど、最後の論文は素晴らしかったんじゃないですか。あんな論文書けるんですね」

……にんまりしてしまいました。



コンプレックスは、回収できるときに回収しておく

僕はずっと「意匠で1番が取れないけど、論文だったら。。。」みたいなコンプレックスを持っていました。
でも、自分が得意だと思っていた分野で1番になれたことで、最後に綺麗に回収できた気がします。

学生時代のコンプレックスは、学生のうちに解消して社会に出る。
僕はたまたま、それができた側でした。

もちろん、大半の人はこれからです。
コンプレックスとどう付き合うか、そこで人は煮詰まったり、成長したりします。
「審査方法が〜」とか「ずるい〜」とか言い始めると、人間性がコトコトしてきます。
どうしても、煮詰まってきちゃうんです。

僕はその分、ちゃんと論文を書いて、ちゃんと勝って、ちゃんと成長した、ということにしておきます。
というか、本論を提出した時に、自己承認が綺麗さっぱり、完了した気持ちになっていました。
ほとんどの学生は同じ感覚だったのでは。



学生時代のコンプレックスは、学生のうちに。
これは、どうやら完遂できそうです。

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