続・踊る蛇
"ちんすこうルーさんから与えられた瞑想のようであり現実の鏡のような時間、わたしにとってもまた、踊る蛇は特別な詩になりそうなのです。
一番だいじなことは、
踊る動機にふれあうこと
これが今自分の精一杯ですが、そのためなら試練や距離や時間は厭わないのだな、と逆に自信となりました。"
約15ヵ月前の下記散文からの抜粋
まるで今と変わらず。驚くほど何も変わらず。これには自分もたまげた。よく言えば気持ちの鮮度がすこぶる保たれている。こういうことが根本、根幹部では殆ど。でなかったら、特殊ダンサー(ヴィヴィアン佐藤さん曰く)である意味など、どこにもないじゃない、と今は思うに至った。
見出しの文字が、片付けが終わらない酔狂な出番前のよたよたという、次に人生を送ることがもしあるならば避けて通りたいような気のする、大変に追いつまった時分の辿々しく不穏な文字面に感じたから、内容は拡散したいと思える時もあったが、気が進まない文字群の存在で思い留まっていた。
これが精一杯という証で、画像の上書きもどうも気が進まず。
自分の極めて多動でありながら的を絞る?設けることに関しては限られる行動が功をなしたか、は、分かりませんが‥
昨年の暮れ頃は、世の景色から来年の干支は巳年、蛇なのだ、と意識させられることも増え、2025年にひと皮剥きたいな、と、踊る蛇の機、チャンスを切望するようになり・・・


まだとっておきの何か
持っている方いらっしゃいましたら
みせてくださーい!
#leserpentquidanse
直前、ジョン(犬)さんがシャンソンを唄う?謳う(わたしのイメージだとこちらの文字だった)きっかけ、動機がとっても気になり、思わず勢いをつけてお訊ねしたところ、懇切丁寧にお応えを頂くことができ、15ヵ月以前よりは幾分か踊る蛇へ近付けた。捉えられた。
人間模様、場や祭典への想い、複雑怪奇(笑)
東京といえど、、トーキョーこそがno.1ムラ社会・・・
そういうの鬱陶しくてやりきれなくて大変な思いしても服脱ぎ捨ててきていたはずが、一周めぐって深く潜っていたら、そういう鬱憤にすっかりからめとられているでは
独自の忍び、偲びの領域を一から創造するとは?の学びをこのところやっている。段々とそのことがみえてきた。言葉になってきた。言葉が追いついてきた肉体に。いや、反対か、な。。
自力で脱皮とまではそう簡単にゆかないけれど、蛇行をしている、ワタシ‥という発見が今回の踊る蛇の過程であった。


ボードレール原作を意識することとなった
自分のわずかな動機を集めた結果
5月に出会った木彫群と作家からの
インスピレーションも蛇に通じて
いるような・・こちらはまだ頭上を
ちらちら浮いているようなイメージ未満

痛感したので、とにかく書くことからはじまった
(このことについては
思うことや奇怪なエピソードは既に多々あるのだけど、今それらを書こうとするには個人の力不足や
あまりに無理があるので、更に続編を期待。12年後も
踊る蛇がどこかでできたら、いいな。笑)


(以降、落ち着き、寝かし、機が熟し、忘れ去られた頃、あらためて投稿する内容とかぶるかも知れませんが、唐突だったり荒削りなよろこびなどを先行的に)
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