V14 1984年 煙が目にしみる、そしてファイアー・フォール...


「音楽と記憶の旅 ♪♫♬」Vol.14 1984年 煙が目にしみる、そしてファイヤー・フォール
1977年発売のダイナ・ワシントンのアルバム。アルバムタイトルは「フェバリット・ソングス」らしい。らしいというのは、ジャケットを見るとわかるのだが、「SMOKE GETS IN YOUR EYES」としか書かれていない。情報があまりないが、これは日本のみ発売の企画アルバムのようだ。下のシングルのジャケットを見ると、当時キリン・シーグラムの「ロバート・ブラウン」というウィスキーのCMに「煙が目にしみる」が使われ、これが人気を博したため急遽企画されたのではないか、と推定される。アルバムでは、伊藤勝男さんという方がライナーノーツを書かれているが、ダイナ・ワシントンのマーキュリー・レーベル時代の20枚以上のアルバムからピックアップした、と記されている。
<SCOTCH PUB CHO>
さてこのアルバムは、1984年に購入した。当時僕の職場は新宿に在り、仕事帰りによく通ったバーがある。場所は靖国通りの終点、というか西武新宿駅近くの交差点、現在ヤマダ電機がある場所だ。今は再開発で大きなビルになったが、以前は小さなビルが混ぜんとしていた。そのちょうど角のビルにバーがあった。地下1階が「scotch pub cho(蝶)」2階が「cho's deux」。二階は何故か神戸館とういう通称もあったように記憶している。初めに行ったのは、地下のスコッチパブ。細い階段をゆっくり降りていくと、右側に真鍮製の板がずっと掛けられており、全てに横文字で名前が彫られている。あとで聞いたところによると、すべてメンバーの名前だったそうだ。

中に入ると、カウンターが何席かあるが全体としては確かにパブ風の作りだった。記憶はあいまいだが、内装はレンガがふんだんに使ってあり、テーブルや椅子も分厚くて頑丈な造りだったような気がする。あれだけ行ったのに覚えていないものだ。音楽は50年代のオールディーズ中心で、僕はここでプラターズやコニー・フランシスを聴き始めた。確か、お通し的に出てくるのが、「煮た落花生」だ。落花生を煮たものが皮ごと出てくる。ねっとりと和わらかく、ピーナッツとは程遠いが、好きな人もいたようだ。
<CHO'S DEUX>
さて、僕が入り浸るほど通ったのは、2階の「cho's deux」の方だ。こちらの階段は広く、登っていくとバターンと音がする大きな扉がある。音をたててはいると、その先右側に、大きなジュークボックスがおいてあった。このジュークボックスにダイナ・ワシントンの「煙が目にしみる/縁は異なもの」のドーナツ盤が入っていたのだ。下の写真は同タイプのものをネット探してアップしたものだが、詳しくはリンクを参照願いたい。このタイプは、中にドーナツ版がはいっていて、100円入れて上のボタンを押すと、中でアームが自動でドーナツ版を取り出してかけてくれる。その為、ちょっと時間がかかる。当時のジュークボックスはこのタイプが主流だったと思うが、今になって思えばなかなかの優れモノだ。

この辺りまでがエントランスで、その先に古い洋館の広い応接をイメージさせるような空間が開ける。神戸館という名前もこの辺りからきていたのかもしれない。左手前にスタンディングのカウンター。中央に10人くらいが掛けれる楕円形の大きなテーブル席がある。右側は壁に沿って真っすぐにテーブル席、突き当りと左側には半円形を象った7・8人掛けくらいの固定テーブル席があったように記憶している。以前は中央に小さなグランドピアノと無人演奏機がおいてあったとのことだが、その光景は見たことがない。
<息をのんだファイアー・フォールの瞬間>
この店の店長は当時Nさん、そしてスタッフのUさんとOさんをよく覚えている。Nさんは、人懐っこくて陽気な性格、Uさんは甘いマスクで女性にもてそうな風貌に似合わず、大根踊りの有名な学校の学生だ。Oさんは九州男児らしく威勢がよく、義理堅い性格だった。
僕は仕事仲間のMさん×2とよくここへ来た。一人は先輩、一人は後輩だが同じ仕事をしていて、かつ独身一人暮らしということで、仕事帰りは居酒屋で一杯やった後、ここに来るのがお決まりになっていた。
ある時Oさんと、アルコール度の高いお酒で美味しいお酒はあるか、という話になり、「ロンリコ151」を勧められた。しかし度数がなんと75度ということなので、さすがにためらっていると「このくらいの度数になるとカッコよく美味しく飲める方法があるんですよ」という。それが「ファイアー・フォール」という飲み方だ。聞いたことがないどころか、今ネットで調べても全くヒットしない。それでも、ただ読んで字の如くなのだ。「火が落ちる」ということだ。
ショット・グラスにロンリコ151を注いで、火をつける。青白い炎が付くが、これを持ち上げてゆっくりと口の中に流し込むというのだ。美味しいかどうかは別にして、確かに上手くできればカッコよさそうだ。そこでOさんに「できるの?」と訊くと「僕ですか?もちろん!」という答えが返ってきた。ここは僕のおごりで実演してもらうほかない、とおもいつつ「危険な香り」もプンプンしたので、念のため訊いてみると「まずショットグラスに水を入れて、ゆっくり流し込むコツから覚えるんです。」と答えてくれた。どうやら百戦練磨のようだ。
店内が少し暗くなった。誰がリザーブしたのかジュークボックスからはダイナの「煙が目にしみる」が聞こえてくる。Oさんは一旦カウンターの奥に戻って、ショットグラスにロンリコ151のボトル、それにダスターを二つほど用意した。そして、ボトルのラベルを僕らに見せたうえでキャップをくるっと開けると、グラスに並々と注いだ。「火をつけるとグラスが熱くなるので、すぐにいきます。ほんの5秒です。」といってライターでグラスに火をつけると、右手でこれを頭上前方に持ち上げる。位置を確認したかと思うと、グラスをすっと傾ける。なんと青白い炎が、細い糸のようにゆっくりとOさんの口の中へと流し込まれていく。それは美しい、5秒間の魔法だった。僕らはすっかり見とれて、一瞬声も出なかった。ふと我に返るとバーのあちこちから「うぉーっ!」という驚きの声と、拍手が鳴り響いていた。
<24時を告げる振り子時計>
「cho(蝶)」は僕にとって、地階も2階も学生時代の「まざぁぐうす」のような存在になっていった。地階は50’sのオールディーズ、2階はジューク・ボックスと80’sの洋楽が中心だった。仕事が終わって食事の後の2軒目は、choに行ってバーボンを飲んだ。IWハーパーかフォアローゼズか。飲んだくれてはいたものの、24時07分の西武線の終電に間に合うように店を出る。壁に掛けてあった大きな振り子時計の午前0時の時報が、その合図だった。
