展覧会の感想を言語化する:田中達也「みたてのくみたて」
京都高島屋で開催されていた田中達也さんの「みたてのくみたて」展に行ってきました。
ミニチュア写真家として知られる田中さんの作品は、日常のモノを別の何かに「見立てる」発想の面白さで知られています。
作品のタイトルにも「見立て」の妙
モノによる「見立て」の発想の豊かさもさることながら、個人的に心をつかまれたのはタイトルの付け方でした。








展覧会の解説には、以下のようにありました。
「ダジャレ」は言い換えると「言葉の見立て」でもあります。写真が「形の見立て」で、タイトルが「言葉の見立て」になっているので、ひとつの作品で2つの見立てを楽しめるというわけです。
語呂合わせやダジャレの要素でユーモアが加わって、作品自体の「楽しさ」が増します。そしてモノによる見立てと言葉の両輪で構成された発想の構造によって、作品世界にもう一段奥行きを与えてくれているように感じました。
発想の「型」を読み解く面白さ
展覧会では田中さんの発想のフレームに沿って作品が紹介されていて、クリエイティビティを「型」として読み解く構成が面白かったです。


自由で豊かなアイデアの裏にも、実は「型」がある。
その構造を整理し言語化してくれることで、発想って「漠然とした何か」ではないんだと感じられて、ちょっと希望とヒントをもらえた気がしました。
田中さんの発想のフレームは、以下の書籍でも知ることができます。
現代的な「作品」の在り方
立体作品の実物の展示もたくさんあったのですが、素人が実物を撮ってもいい感じにならず😅
ご本人が撮られた写真が最終的な「作品」だと思うので、結局、実物が置いてあっても写真を写真に撮るという不思議なことになっていました(笑)
多くの展覧会は通常、「唯一無二の実物」を鑑賞する体験です。
ですが今回の田中さんの展覧会の場合、「実物」である立体作品はあくまで「プロセス」であり、完成形は写真という「複製物」。通常、実物を見に行くはずの展覧会で、「写真を写真に撮る」「複製物を複製する」という状況が起きることが面白いなと思いました。
田中さん自身、日々Instagramで作品を発表しておられるので、これはSNS時代ならではの作品性なのかもしれません。
作品の完成形は、写真として切り取られた「複製可能なもの」であり、それがSNSを通してさらに複製(拡散)されていく。
今回の展覧会でも、鑑賞者が写真をSNSなどに投稿することによって、更なる複製に加担しています。
「オリジナル=唯一無二性」という作品の価値とは別に、共有可能なイメージこそが「作品」として流通する時代なんですね。
田中さんの作品の在り方を通して、現代的なクリエイティビティの社会の中で在り方を実感できて面白かったです。



