オーシャン・ドッグスⅢ🐕 第22話:あんたを撃ちたいんやない
夕暮れ。
六甲山の山裾にある谷は、静かだった。
でも、その静けさの向こうに、低いうなり声が響く。
森の間から、炎の光がちらちらと見えた。
シンリンオオカミの目。
アメリカクロクマの肩。
暗闇の中で、赤い火が揺れている。

アン、りう、リッチーは、オレンジ色の防火服を着て立っていた。
反射テープが、サーチライトの光をやわらかく返す。
首元には、小さなフルオブビガーのタグと、柴犬マークのワッペン。
「似合ってるやん」
ルナが、少し笑って言う。
「完全に“特撮の主役”だね」
リッチーが冗談めかしてポーズを取る。
りうは、袖をひっぱりながら言う。
「この厚さ、なかなかやな…。サウナスーツか」
あんこが説明する。
「中に熱を閉じ込めちゃうから、動きすぎると本当に危ないよ。突っ込むのは、一度に数分まで。“帰ってこない時間”に入る前に、絶対戻ってきて」
アンは、深呼吸をした。
2−1−2の呼吸。
ネパールでディーバに教わった“怖いのバラし方”。
「こわい。めっちゃこわい。でも、こわいって言えた分だけ、前に出られる」
ルナが、前足でアンの胸をとんと叩く。
「アン。帰ってきてから泣く分は、全部とっとくから。今は、“帰ってくるための吠え”だけ使って」
アンは、にやっと笑った。
「了解。泣きポイント、あとでまとめて請求するわ」
森の中から、低い咆哮が響いた。
クマの影が、木々の間からぬっと現れる。
肩から背中にかけて、炎がまとわりついている。
オオカミは、その少し後ろ。
尻尾の付け根が赤く燃え、目がギラリと光る。
猟友会のおっちゃんたちが、車の陰からライフルを構える。
あんこが、ドローンの映像を見て叫ぶ。
「オオカミ、右肩と尾の付け根が炎のピーク!クマは背中の中央が一番熱い!まずは“動きの速い方”から!」
猟友会リーダーがうなずく。
「最初の1発は、オオカミや。こいつに暴れられたら、クマどころやない」
アンが、前に飛び出した。
「うちはオオカミ担当や!りう、クマを少し山側に追って、距離あけて!」
「了解」
りうが、地面を蹴る。
リッチーは、少し下がった位置から全体を見ながら走る。
「ボクは“線”担当ね。どっちも街側には行かせない」
最初の突入。
オレンジ色の防火服が、炎の光の中を走る。
クマとオオカミは、ふっと目を細めて、アンたちに視線を向けた。
一瞬、焔病の赤い光に、別の色が混じる。
迷い。
恐怖。
でも、次の瞬間、炎がまた強くなる。
尻尾と肩の炎が、熱風のように吹き付けた。
防火服の表面で火の粉が弾ける。
アンのひげが、じりっと焦げた。
「っつ…!」
それでも、アンは吠えた。
「うちを見るんや!人間ちゃう!今ここにおるんは、犬や!あんたを撃ちたいんやない、“炎の中身”に当てたいだけや!」
オオカミの足が、一瞬だけ止まる。
その隙を、猟友会リーダーは見逃さなかった。
「1発目!」
夜の山に、短い破裂音が響いた。
薬入りの麻酔弾が、オオカミの右肩の炎の縁に突き刺さる。
炎が、バチッと青白くはじけた。
オオカミが、短くうめき声を上げる。
あんこがモニターを見て叫ぶ。
「寄生虫反応、肩から半分くらい減った!でも、尾の方はまだ強い!」
「次!」
猟友会の2発目が、クマの背中に向かって飛ぶ。
クマは、ぎりぎりのところで体をひねり、弾は炎だけをかすめて飛び去った。
背中の炎が少し揺れただけで、ほとんど効果はない。
「…外れた」
りうが歯ぎしりする。
クマが怒りの雄叫びを上げ、前足で地面を叩いた。
その衝撃で、土が爆ぜ、木の枝に火の粉が飛ぶ。
消防隊が、すぐに水を噴射する。
「上の火はうちに任せろ!あんたらは下だけ見とけ!」
消防隊長の声が飛ぶ。
けれど、クマの突進は止まらない。
アンたちに向かってまっすぐ走ってきた。
「りう、下がれ!」
アンが叫ぶ。
りうはギリギリで横に飛びのき、クマの爪が地面をえぐる。
すれ違いざまの熱で、防火服の表面がじゅっと音を立てた。
「っ、あっつ…!」
リッチーが、横からクマの前を横切るように走る。
「こっちだよ!こっちに来て!」
牧羊犬の動きで、クマの進行方向をわずかにそらす。
あんこが、画面を指さす。
「背中の炎が、腰の方に移った!腰の右側がピーク!」
「3発目!」
猟友会が引き金を引く。
弾は、クマの腰の炎に突き刺さった。
炎が、じゅうっと音を立ててしぼむ。
クマの動きが、一瞬だけ鈍くなった。
けれど、まだ倒れない。
目の赤さも、完全には消えていない。
あんこが、静かに告げた。
「…3発消費。残り、2発だけ」
アンの心臓が、どくんと大きく打った。
防火服の中は、もうサウナみたいだ。
汗が目に入り、視界がかすむ。
りうもリッチーも、息が荒い。
猟友会のおっちゃんたちの手は震えていた。
肩にかかる重さ。
引き金を引いた回数。
「…すまん。2発目、外した分は、わしの腕や」
リーダーが、悔しそうに言う。
アンは首を振った。
「まだ終わってへん。でも、このままやと…」
その時だった。
山の向こうから、たくさんの足音と吠え声が聞こえてきた。
「ワン!」「ワフ!」「ウゥ…ワン!」
ルナが顔を上げる。
「この声…」
リッチーが笑う。
「このテンポは…」
アンが、目を見開いた。
「ギブリや!」
つづく
