オーシャン・ドッグスⅢ🐕 第24話:ほんま生意気な柴犬やな
クマとオオカミが、最後の一本線に突っ込んできた。
炎に照らされた瞳の奥で、何かが揺れる。
アンは、クマの前に飛び込んだ。
防火服の表面で、熱風がごうっと音を立てる。
クマの目と、アンの目が合った。
その瞬間、アンの首元で、スサノオのチャームが微かに光る。
世界が、半分だけ暗くなった。
アンの目に、別の夜が映る。
狭い檻。
小さなプール。
子どもたちの歓声。
フラッシュ。
ガラスに叩きつけられる手。
失敗した餌やり。
怒鳴り声。
バケツが飛ぶ。
クマの心の中で、何度も繰り返されてきた“こわい”の記憶。
「…ごめんな」
アンは、スサノオの中でつぶやいた。
「うちら、人間と一緒に生きてきたけど、人間の“怖さ”もよう知っとる。だからこそ、今ここで言うわ」
現実の世界で、アンは吠えた。
「“こわい”って言ってええ!怒鳴られて怖かったんやろ!狭い檻、イヤやったんやろ!水が変わるたびに、何が起きるんか不安やったんやろ!」
クマの足が、1歩だけ止まった。
炎の中の目が、かすかに揺れる。
その一瞬を、りうが見逃さなかった。
横から突っ込むふりをして、クマの体のバランスをわずかに崩す。
リッチーが、反対側から走り、クマの進路をほんの少しだけ曲げる。
あんこが叫ぶ。
「首の左側!そこが、今いちばん炎が集中してる!」
「4発目!」
猟友会リーダーが引き金を引く。
弾は、クマの首の炎の縁に突き刺さった。
炎が、ぱちん、と音を立てて弾け飛ぶ。
クマの目の赤が、すこし薄くなった。
体を支える前足が、ぐらりと揺れる。
クマは、地面にどさりと膝をついた。
息が荒く、肩が上下する。
でも、もう炎はほとんど残っていない。
あんこが確認する。
「クマの寄生虫反応、ほぼゼロ!焔病は収束してる!」
アンは、クマに向かって静かに言った。
「終わりやない。これから“怖かった話”を、ゆっくり聞いてもろて、もう2度とあんな目させへんようにするんが、人間の仕事や」
クマの瞳に、うっすら涙のような光が浮かんだ気がした。
その間に、オオカミが別の方向へ走り出していた。
ワンワン隊が、外側から吠える。
「そっちは行き止まり!」
「そっちは水たまり!」
きいろ率いるインコ隊が、嫌な匂いの水を撒く。
「その先、イヤでしょ?そっちはやめときなよ」
オオカミは、鼻をしかめて方向を変える。
そして、最後の一本道に戻ってきてしまう。
その前方には、アンではなく、リッチーが立っていた。
「ボクが前をやる。アンは、さっきクマの心をいっぱい見たでしょ。その分、後ろで支えて」
リッチーの目は、いつもより少しだけ真剣だった。
牧羊犬として、何度も群れを導いてきた目。
あんこが、ドローン映像を見て叫ぶ。
「オオカミの尾の付け根!炎のコアはそこに全部集まってる!ここを逃したら、寄生虫はまた全身に散る!」
猟友会リーダーの手が震える。
「最後の1発や…。これ外したら、わしは一生、銃持てんかもしれん」
アンが、背中から声をかけた。
「おっちゃん。これは“殺すための弾”やない。“撃った先で、生きるための弾”や。その手ぇは、今までたくさん撃ってきた分、ほんまは誰よりも“当てたくない場所”を知っとるはずや」
リーダーは、小さく笑った。
「ほんま、生意気な柴犬やな…。よっしゃ。ほな、“生かすためのトリガー”引いてみるか」

リッチーは、オオカミの真正面に立った。
目を見て、静かに話す。
「ねえ。君、本当はどんな場所が好きだった?群れと走る草原?夜、静かに星を見る丘?」
スサノオの光が、今度はリッチーの首元でわずかに揺れた。
オオカミの瞳の奥に、記憶の断片が浮かぶ。
雪の匂い。
仲間の体温。
遠くの街の明かり。
近づく足音。
鳴り響く銃声。
「怖かったね」
リッチーは、そっと言った。
「その怖さ、ぜんぶ“今”に一緒に持ってこなくていいんだよ。怖かったって言って、そこで止めていい。逃げてもいい」
オオカミの足が、わずかに震えた。
その尻尾の炎が、ひゅっと大きくなった瞬間。
あんこが叫ぶ。
「今!尾の付け根、炎が最大!」
「5発目!」
猟友会リーダーが、最後の引き金を引いた。
弾は、夜の空気を裂いて飛び、オオカミの尾の炎の縁に突き刺さる。
炎が、まるで氷に飲み込まれたみたいに一気にしぼんだ。
オオカミの目の赤が、ゆっくりと消えていく。
代わりに、深い疲れと混乱の色が浮かんだ。
オオカミは、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
あんこがモニターを見て、大きく息を吐いた。
「寄生虫反応、消えた…。焔病、治療成功」
アンは、その場にへたり込みそうになって、なんとか踏みとどまった。
つづく
