オーシャン・ドッグスⅢ🐕 第20話:射殺せんで済む道があるなら
隣のスクリーンが切り替わる。
白衣を着た獣医と、スーツ姿の研究者。
画面の右下に、小さく社名が映っている。
共立製薬と、ユニ・チャーム ペット Pro のロゴ。
「犬のフィラリア対策で培われた技術を応用し、プランクトン寄生虫だけを狙い撃ちにする薬剤を開発中です」
研究者が言う。
「体の外に打ち込んでも、炎の縁を通して血管に届き、寄生虫だけを死なせます。ただし、炎の出ていない場所に打ち込んでも効果が薄く、“燃えている部分”を狙う必要があります」
サチエが、アンたちを見る。
「問題は…」
画面に、数字が出る。
“試作弾 5発”
「今は、量が5発分しかない。量産するには、まだ時間がかかる」
りうが小さく息を呑む。
「5発…」
「5発で、シンリンオオカミとアメリカクロクマの焔病を止めなあかん」

サチエが静かに告げた。
「もし外したら、その分だけ“殺すしかない”未来が近づく。それでもやるか、アン」
アンは、すぐには答えられなかった。
頭の中に、猫島で見たインフェルノの炎が浮かぶ。
リョーマの焼けただれた背中。
泣きながら、それでもインフェルノの尻尾を噛み切った、あの顔。
「…やる」
アンは、ぎゅっと爪を立てて言った。
「射殺せんで済む道があるなら、“1回でも”試さなあかん」
サチエが、少しだけ微笑む。
「ほな、作戦立てよか」
神戸どうぶつ王国の会議室には、動物の写真がたくさん貼られていた。
草原を走るシンリンオオカミ。
プールで遊ぶアメリカクロクマ。
飼育員たちの目は、疲れて赤かった。
「目が、突然赤くなったんです」
1人の飼育員が、手を握りしめて話す。
「最初は、何かに驚いただけかと思いました。でも、その日の夜、オオカミの群れの中の1頭が、檻の柵を燃やしたんです」
別の飼育員が続ける。
「クマのプールの水温を少し変えた日でした。フィルターの故障で、水がぬるくなってしまって。クマが驚いて暴れて、スタッフが大きな声で怒鳴ってしまった」
その瞬間の映像が、防犯カメラの記録で流れる。
クマの目がカッと見開かれ、瞳が赤く光る。
尻尾のあたりから炎が立ち上がり、毛が焦げていく。
「それからは、近づくだけで危険な状態です。僕らも、もう檻の外から見守ることしか…」
アンは、テーブルの上に飛び乗った。
飼育員たちの目が、少し驚いたようにアンを見る。
アンは、ゆっくりと話した。
「うちら、焔病の原因、だいたい分かってきてる。でもな、“こわい”が燃やした火は、薬だけでは消えへんと思う」
飼育員の1人が、はっと息をのむ。
アンは続ける。
「この子ら、なんでこんな目つきになったんか。なんで、こんなに人間が怖なってもうたんか。それ、ちゃんと聞かせて。怒られたこと。寂しかったこと。“もうイヤや”って思った時のこと」
飼育員は、拳をぎゅっと握り、ぽつりぽつりと話し始めた。
餌やりのミス。
来場者の大声。
フラッシュ。
檻をたたく音。
「…ごめんな。あんたらにとって、あれは“地獄”やったな」
アンは小さくつぶやいた。
隣でルナがメモを取り、あんこがchatDOGに入力する。
「恐怖エピソードは、ぜんぶ記録して、あとで“焔病のトリガー”の研究にも使わせてもらうね」
飼育員たちは、何度もうなずいた。
その目には、罪悪感と、それでも守りたい気持ちが同時に揺れていた。
つづく
