見出し画像

短編小説 魂を輪廻に帰す者

ガキの頃から、よく『見えた』。
見えなくていいものばかり見えてきた。
園児の親と不倫している担任の先生。
母親の金を盗んでいく母親の彼氏。
それから、幽霊、妖怪、死後の行方を迷っている魂。

そんなものばかり見えるから、俺の人生はいつも腐っていた。
魂の見えるジジイに拾われてからは、これが仕事になっているけど。
生きていくのには、金がいる。
それだけで、高尚な理由もない。
ただ、この世を彷徨っている魂は、輪廻に帰った方がいいとも思っている。
見えるから仕方なく、俺はその手伝いをする。

「どらやぃ、どらやぃ」
「どら焼きな」
手土産のどら焼きの箱を頭に乗せて、コンが早くよこせと言ってくる。

コンは、俺の子どもではない。
5歳くらいの人間の男の子に化けているだけで、本来はただの狐の妖だ。
コンは人間の魂を食べたいがために、俺のそばにいる。
生きている間にろくな生き方をしていない人間の魂が、美味しいんだと。
盗み、詐欺、人殺し、それよりも惨い何か。
そういう諸々を背負い込んで死んだ魂は、大抵どす黒い色をしている。
コンはそれが好物なのだ。
彷徨う魂を輪廻に戻すのが、俺の仕事ではある。
だが、依頼主はその工程がまるで見えないわけだ。
輪廻に戻して生まれ直しても、結局は同じことを繰り返すような魂の色はなんとも醜い。
そんな魂を送ってやれるほど、俺はいい人間ではない。
だから、それをコンが食っちまっても、俺はとやかく言わない。
コンがそばにいれば俺は他の妖に脅かされないし、対等な関係ではある。

「コン、どら焼き大事に食えよ」
「やだ」
「『見えないからぼったくりだ』って言って、依頼料を置いていかなかったんだから仕方ねえだろ」
「金ないの、お前が悪い」
「その見た目で可愛くないこと言うなよ…」
「コン、人間の魂食うから問題ない」
「尚更、どら焼きは俺のために取っておけよ」
「…もぐもぐ」
「この野郎」
はあ、と俺は畳の上に寝転んだ。
言ったそばから2個目を食ってやがる、この大食い化け物が…。

俺がきちんと仕事をこなしたとしても、こういうことはよくある。
依頼してきたくせに疑われるのは、ジジイが生きていた頃からそうだ。
今や俺以外に見える人間がいないから、証明のしようもない。
さっきの依頼主が死んだあとに魂が彷徨っていたら、コンが食っちまいそうだな。
そして、俺も死んだら、彷徨う隙もなくコンが食うんだろう。

「スマホ、鳴ってる」
口の周りをベタベタさせながら、コンが俺のスマホを渡してくる。
画面には、いつもの葬儀屋の名前が表示されていた。
「…はい。あー、出ましたか。わかりました、向かいます。…はい」
電話を切って、3つ目のどら焼きを食べているコンに支度をするように促す。
「依頼だぞ、コン」
「魂、食べていい?」
「見てみないとわからん」
「けち」
俺は袈裟に着替えて、コンが喪服に着替え終わるのを待った。

「こちらのご遺体なんです」
「わかりました。あとはやっておきます」
葬儀屋に案内されたのは、一人のご老人の遺体だった。
死んだにもかかわらず肉体から出ていかない魂というのは、たまにいる。
そうすると、どういうわけか火葬まで事が運ばなくなる。
何かしらトラブルが起きて、葬儀が滞る。
そうやって見えない人間すらも不思議に思った時に、俺のところに依頼が来る。

「あの〜、もう死んでるので、無駄な抵抗はおやめになった方がいいと思いますよ」
遺体に呼びかけたが、返事はない。
…めんどくせえ。
「何か心残りがあるなら、お話聞きますよ」
『…』
「偏屈ジジイだ、魂が腐ってる。絶対美味しい」
本人がまだ残っているのに、なんてこと言うんだ、コン。
『誰が偏屈ジジイだゴラアアアア』
言わんこっちゃない。
でも、魂が出てきた。
『お前の子か!どういう教育してるんだっ!』
「んあー」
「馬鹿っ、食うな!」
『ぎゃああ』
コンが魂の端を咥えたから、慌てて離した。
「だって色汚い」
「これは性根が腐ってるだけで、犯罪なんかはしてない色だろ!食べるなよ!」
「…けち」
「で、あなたはどうして輪廻に帰っていかないんですか?」
大抵は、この世に残してきた個人的理由みたいなものがある。
「さっさと答えないと、こいつに食われますよ?」
もう脅しでもなんでもいいわ、早く解決して帰りてぇ。
『…リン』
「なんですか?」
「冷蔵庫のプリンを食べ損ねたんじゃあ!」
…しょうもな。

「ですので、可能なら棺にプリンを、無理ならお供え物にプリンをしこたま並べてあげてください」
「ご遺族にそう伝えておきます」
そう言って葬儀屋は、正規の依頼料を支払ってくれた。
これこそぼったくりと言われても仕方がない気がする…、仕事したけどな。
「帰るぞ、コン」
「…魂、食べられなかった」
「なんでも食えると思うな」
「帰ったら、肉食わせろ」
「馬鹿野郎。せっかく入った金なんだから、まずは光熱費だ」
「けちー!」
俺もジジイの墓参りに行かないとだな。
こんなに魂の色を汚しやがってって怒られそうだけど。



【昨日の短編小説はこちら】👇


いいなと思ったら応援しよう!