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HSPの私がこれまで歩んできた道-前編-

こんにちは、草や花が風にそよそよと揺られるように生きたい、そよそです。
前回の記事に書いたように、今日は自己紹介というか、HSP・INFPの私のこれまでを綴ろうと思います。

少し長くなってしまったので、二回に分けます。
前編は幼少期~高校生編です。後編で大学生~就職、ホームステイ編をアップします。


①幼少期

HSPっぽいな~と思う記憶がいくつかあります。
一番古い記憶では、保育園の遠足のエピソードです。
祖父母と遠足に行くという行事がありました。その前日に祖母が家に遊びに来てくれたのですが、その際にポテトチップスを持ってきてくれました。
「明日の遠足で食べよう」と持ってきてくれたのですが、その時に涙がでました。私のために遠足にポテチを用意してくれた、という事が嬉しくて感動して涙が出たのを覚えています。

②小学生

この時はもう相手の気持ちを読んでいる子供でした。
また、たまに大好きな祖母が天国に行っちゃったらどうしよう、みたいな不安で泣いていました。
でも、まだ子供ならではの自由奔放さにより、学校生活等で生きづらさは感じていませんでした。
絵を描いたり、お話を考える事が好きでした。漫画家になりたいけど絵はへたくそだから、絵の上手い友達が絵を描いて、私が物語を考えて、二人で漫画家になろう!なんて言ってました。

このころから創造的なものが好きでした。

小学校低学年の時に友達を家に呼んで私の誕生日会をしました。
その時に誕生日会のプログラムを自分で考えていたのですが、その中の1つに「本を作ろう」というプログラムを入れていました。
私自身が本を読むのも物語を作るのも好きだったから自然にそれを入れていました。
しかし、みんなの反応が微妙で、「あれ?本を作るのってみんな好きじゃないの?ワクワクするのは私だけ?」ってなりました(笑)

③中学生

よくを眺めていました。
テスト週間で授業も短縮し部活も休止になり家に早く帰る日は、自分の部屋の窓際に行って、空を眺めながら詩を作ったり、メロディーのない歌詞を作ったり、キャッチコピーを作ったり、小説を書いたりしていました。(勉強しなさい、笑)
季節の移り変わりに感動するようになってきたのも、この頃からだと思います。
当時の国語の先生も、季節の移り変わりや言葉に繊細な先生で、そこにすごく共鳴して楽しかったのを覚えています。
国語の課題で作文などで自分の感じた事等を書くと、その先生が私の感性を拾ってくれて、「そこ気づいてくれるんだ」とか、「先生はこう感じるんだ!」って喜んでいました。

ちなみに、当時の好きな本は、あさのあつこさんの「バッテリー」です。
情景や空気感の描写がきれいな所が好きです。

生きづらさを感じるようになったのもこの頃からかもしれません。
思春期特有の人間関係の悩みから、深く考えすぎてネガティブ沼にハマる事はありました。
また、授業中等で何かの音が気になるとずっと引きずって気になっている、みたいな事はありました。

③高校生

高校生活では、気の合う人・安心できる人が少なく、あまり記憶がありません。
中学までは割と自由奔放にやりたい事をして生きていたのですが、この時は本当に色んな事を気にしていました。
一度目の暗黒時代です(笑)
でも、そんな自分を気にかけて、母が海外に行くのを勧めてくれました。海外に行ったことがきっかけで、今生きている高校というコミュニティはちっぽけで、そんなに深刻に考えなくてもいいんだ、と思えました。
また、今のコミュニティが生きにくいからって命を断とうとしなくても、世界には日本以外にもいろんな国があるから、好きな国で生きればいいやと思えました。

この頃は図書館に行くのが好きでした。テスト週間なども図書館の自習室で勉強したり、休憩で本を読んだりしていました。
あと、より季節の移り変わりが好きになりました。ガラケーで写真を撮ったり、お年玉を貯めて買ったデジカメでよく写真を撮りました。川・空・花とか風景の写真が多かったです。自分の見ている世界をどう切り取るか、ってめちゃくちゃ楽しかったです。また、カメラを買ったからこそ更に自然に目が行って、散歩なども楽しくなりました。

小さいころから楽器を習っていたのですが、表現する楽しさを知ったのもこの頃です。この曲はどんな曲かな、ここはどんな気持ちなんだろう、どう表現しようって弾くのがめちゃくちゃ楽しくなりました。

恐らく、コミュニケーションでのアウトプットが上手く出来なかった分、写真や音楽で自己表現出来て嬉しかったのでしょうかね。

本日はここまでです!次回、大学生~就職編です。



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