「童話『ピアニストと古本市と酸っぱい葡萄。』(4月29日)」
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待ちに待った5月の大型連休。世の中がレジャーに沸く中、"ピアニストのみやび"は、防音室のピアノの前に座っていました。
窓の外からは、連休を満喫する人々の楽しげな気配が漂ってきます。
しかし、"みやび"の指先が奏でるのは華やかなワルツではなく、心に渦巻く『四天王寺の古本市への執着』という名のラプソディでした。
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「あぁ……今ごろ四天王寺の境内には、歴史の香りがする古書たちが、私を待っているはずなのに」
今の"みやび"にとって、それら高く積まれた古書は、イソップの狐が見上げた「たわわに実る葡萄」(注釈1*)そのもの。

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手を伸ばしたい、今すぐ練習を放り出して大阪の四天王寺へ駆けつけたい。
けれど、大型連休の"みやび"の目の前にうず高く積み上がるのは、お宝が眠るかもしれない古書ではなく、お仕事の山々。
でも、やることの多さの前にして、どうあがいてみても、甘美な香りを漂わせる古書市までは手が届かない。
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しばらく、指を鍵盤の上で走らせていた"みやび"でしたが、ふとピアノ横のサイドテーブルのスマホへと目を向わせました。
そして、祈るような面持ちで「お天気予報」を見てみたのです。
画面に現れたのは、無情にも(彼女にとっては幸いにも)「☔️雨」のマーク。
その瞬間、みやびの瞳に怪しい光が宿りました。
「……あら。今年の古本市は『酸っぱい葡萄』になりそう。」

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みやびは、あたかも名曲の解釈を語るかのような厳かな口調で、独り言を始めます。
「考えてもみて。雨の日の古本市なんて、ピアニストにとっては天敵よ。湿気を吸った古書は重く、ページをめくれば指先がふやけてしまう。そんな状態で鍵盤に触れたら、繊細なスタッカートも台無しだわ。/
それに、雨に濡れた古書の匂い……あれはきっと、手に入らない悔しさが凝縮された『酸っぱい葡萄』の香りがするはずよ。
せっかくの名著も、雨滴に打たれれば文字が滲んで、まるで"読めない楽譜のように"なってしまうに違いないわ。/
そんなものを読み耽るより、こうして乾いた部屋で、雨音をBGMにピアノと向き合っている方が、よっぽど高尚で贅沢な過ごし方だわ!」
みやびはそう結論づけると、満足げに鼻を鳴らし、再びピアノに向き直りました。

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「"急かされているお仕事があるから"行けないじゃない。本が湿っていそうだから、あえて行かないのよ…。」
こうして、行けない悔しさを「天候のせい」という名の糖衣で包み込んだ"みやび"の指先からは、
先ほどよりも少しだけ、吹っ切れたような(あるいは少し負け惜しみを含んだような)軽やかな音が響き始めたのでした。
今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)

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(注釈1*)
「酸っぱい葡萄」は、イソップ寓話の一つで、お腹を空かせたキツネが、高い場所にある美味しそうな葡萄を食べようとするが、
けっきょくは届かず、
最後は『どうせあの葡萄は酸っぱくて不味いに違いない』と負け惜しみを言って諦める物語。
手に入らないものを過小評価して正当化する、人間の「自己防衛」や「認知的不協和」の心理メカニズムを表していると解釈されている。
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