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「あなたは、自己責任ができていますか?(3月9日)」

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自己責任という言葉は、さまざまな所で聞こえてくる。
思いつくのは戦国時代を在らん限りの知略を尽くして、生き延びた武将たち。

彼ら、戦に始まる『勝負は時の運。』の言葉。
辞書に当たると、
『勝負はその時々の運によるもので、
必ずしも実力通りに決まるものではない。』

明治の文明開花までの300年に届かんとする磐石な武家政権の礎を築いた、かの徳川家康も、そんな戦乱の世を見事に生き抜いたひとりである。

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その家康公も、若い頃はよく負けた。
最大の危機は「三方ヶ原の戦い」で、あなたもご存知の通り、戦国最強と謳われた武田信玄を相手に惨敗を喫した。

それはそれは目を覆わんばかりの完敗で、多くの家臣を失い、大将であった家康自身も傷を負う。一時は切腹を覚悟するほどで、"命からがら"逃げ帰った。

(『人の一生は、重荷を負うて、遠き道を行くがごとし。』は、徳川家康の遺訓(東照公御遺訓)とされる言葉。うーん…、深いし重い。)

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私が感心するのは、ここからである。
家康は、すぐに絵師を呼び、
『惨めな負け戦に打ちひしがれ、死の影に震える自身を描け。』と命じたのだ。

これは、なかなかできることではない。
あなたもそう思いませんか?

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この時、家康は戦わざるを得ない状況に追い込まれての戦さであった。
とはいえ、相手は戦国最強の武田の騎馬軍団。その物量に、完膚なきまでにやられたのだ。
この時の家康は、確かに若く経験も思慮も足りなかった。

しかし、この時の悔しさをバネに、その後の乱世を粘り強く生き延びた。
私は、この『三方ヶ原』がターニングポイントとなり、のちの『徳川家康』を育んだと思っているがいかが?

(『本番の舞台には魔物がいる』は、本当にそう思う。想定外なことが起こって、頭が真っ白になる事もある。それでも🎹演奏の手は止められない。)

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戦国の世に命を賭して自分と一族郎党の運命の全てを負った家康ほどではないけれど、私の生業である音楽においても、『本番の舞台には魔物がいる』と言い習わされていて、責任の自他に関わりなく、そこで起こったことの全ては、お客様から見える私が全責任を負うと覚悟を決めて、そこに立っている。


『人間は不完全で間違う。』と達観しているものの、お金をいただき聴いてもらっているのである。
何よりも本番前には、しっかり練習して、あとはまさに『人智を尽くして天命を待つ』あるいは本番の幕が上がってからは、多少のミスタッチにも、『だって…人間だもの。』と、悪びれることなく、何食わぬ顔をしてそのままやり通す。

そのくらいの強いハートが無いことには、プロは務まらぬ。🤭
言えることはただ一つ。『自己責任』が常について回るということである。

(フライドエッグ(目玉焼き)に掛けるのは、『お塩』か『お醤油』、あるいは第3の選択肢『おソース』か? 身近なことにも『自己責任』はついて回るのだ🤭。)

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さて、あなたは何か重要なことを決める時、誰かの意見を参考にしますか。
ならば、その存在とは誰でしょうか。

人によっては恋人や親兄弟でしょう。信仰のある人は神様かもしれません。

しかし、生きるための指針をいつも他者に求めると、失敗しても「あれは自分の判断ではなかった」と心の逃げ道をつくってしまいます。すでに『自己責任』から"逃げ"を打っている。

"他者の意見を鵜呑みにする前に、まずは自分自身でしっかりと考えたい。"

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そして、自分の知恵の全てを注ぎ込んで、真実を見極めるよう努力する。そうやって苦しみながらも自分で見つけた答えは、あなただけのもの。
その道を怖れずに進む勇気は、『自己責任』という強い気持ちがあってこそのもの。

考え抜いて得た答えこそは、たとえ失敗しても次に活かせる失敗であるし、そのつらい現実から目を逸らさずにいる心の強さを身につけたいものです。

今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)

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