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「私と自動ドアと便利さと。(6月24日)」

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(この文章は、🎻えみりが綴りました。)

昨日、立ち寄ったお店でのこと。
店内に入ろうとした時に、自動でドアが開かず、戸惑った。
気づいた店員さんが、手でドアを開けてくださったけれど、ひどく申し訳なさそうに、故障していて自動では開け閉めが、できないことを謝っておられた。

ドアの横には、故障中なので、手であけるように注意書きが、ちゃんと張り出されているにも関わらず、私の後の人たちも、同じくドアの前で立ち往生を繰り返している。
そのたびに、店員さんがお仕事の手を中断して、ドアの開閉に走り出す景色が見られた。

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思えば、自動ドアがない時代には、私たちは戸惑うことなく、自分の手でドアを開け閉めしていたし、不便も感じなかった。
いつの間にか、ドアは自動で動くのが当たり前と思い込み、その当たり前がなくなった途端、ひどく戸惑い立ち尽くしまう。

こんな小さい不具合でも、とても不便に感じてしまう私たち。
今の生活って考えてみれば、すっごく危ういバランスの上に、成り立っているのじゃないかしら。

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わが家では、電気が止まっただけで、給湯システムがダウン。
キッチンの水道も、お風呂も、おトイレさえも使えなくなる。
今の季節なら、そろそろエアコンがないと厳しい。

私たちは便利さを追求する余り、とても歪な生活へと、気づかないうちに突き進んでいるのではないの?
便利さを当たり前に感じることの怖さ。
あなたもお感じになったことがありませんか。

今日も、良い一日になりますように。
(🎻えみり)

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