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「おぼろ月。京都人の粋と感性。(4月24日)」

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先日、京都へお出かけした時、
お昼ごはんに何を頼もうかしらと献立を眺めていると、『月見』という文字が見えた。
『月見』とは、熱々のお蕎麦、おうどんに
"生の卵"をポンと割り落とした物である。

熱々のお汁に落とすから『生卵』に火が入るかと思いきや、凍える冬の夜中に"ふうふう"楽しむ『鍋焼き』とは違い、その後に煮るわけではない。器の中のお出汁の湯温だけが頼りである。

(乾燥して空気が澄んだ冬と違い、春の夜は湿気が多く、夜空が潤んで見える。お星さまの輪郭がボヤけて天体観測には適さないが、霞が掛かったお月さまは、それはそれで風流である。)



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卵の外側は、直にお出汁と触れ合っている分、縁から白くなって、何となく火が通る。だけど、真ん中の黄身には熱が入りきらず、表面こそうっすらと白くなるのだが、残念、中は半熟よりも"生"に近い。

緊張の面持ちで、お箸でうどんをたぐる。
食べている最中に、自らの重さで少し平たく扁平してる黄身にお箸が当たって崩してしまうと、裂けて、せっかく澄んでいるお汁を濁らせてしまう。


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おどんぶりの中、『月見』の景色とは、
夜空にぽっかり浮かんだ満月である。
夜空はお出汁の落ち着いた色で、黄色いお月さまは卵。

この組み合わせから『月見』を想像する。
「いにしえ人」の豊かな想像力には感服する。

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さて。まだ、お昼ごはんに何を食べるか迷い、献立の上をさまよっていた私の目に、先ほど色々と景色を思い描いた『月見うどん』、そのすぐお隣に『おぼろ月』の文字を見つけた。

自分の直感を信じて、ここは『おぼろ月』を頼んでみた。

(京都の市中に建つ町屋。そこに肩寄せ合う"京のうどん屋さん"。お写真はお店の奥、客席と調理場を隔てる壁に掛けられたお品書き。木の板に描かれた墨の字が、お店の歴史を感じさせる。)
(『おぼろ月・うどん』黒地に赤の漆塗りのお匙が添えられていた。食べてる姿も気になる女性客を気遣ってのことなのか。その心づかいが嬉しい。)


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興味本位でお願いした私の『おぼろ月・うどん』がやって来た。

向こう側にかざした手が透かして見えるほどに薄く削り出した昆布。それを熱いおうどんに乗せたものを京都を中心とした関西では『おぼろ蕎麦、おぼろうどん』と呼ぶ。

そのおぼろうどんに、生卵を落とす。卵を月に、おぼろ昆布が雲。
昆布がお出汁の熱で溶け、周囲との境界が曖昧になった景色を春の夜空の雲に見立てている。

卵の月に"カサ"が掛かるボンヤリとした風景だから、『おぼろ月夜』と呼ぶのだそう。

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熱で解けた昆布が、麺にうっすらと絡んだのをいただくと、磯の香りと、お出汁の風味が相まって、じつに心地よいのだ。

先人の知恵、京の町衆の風流を、平成・令和に味わう贅沢なのである。


今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)

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